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2008年11月

シロクマの「フロッケ」、お姉さんに!

母親に育児放棄されたため人工飼育で育った、ニュルンベルク動物園のシロクマ「フロッケ」に、双子のきょうだいが生まれたようです。

動物園のホームページの記事によると、2008年11月21日(金)、フロッケの母親でもあるヴェラが出産(父親も同じフェリックス)。
母グマが産後数週間の間に精神的に不安定になると、育児放棄したり食べちゃったりするそうです。フロッケのときも、そういう様子を見せたので動物園では人工飼育に切り替えたという経緯があるので、母グマを刺激しないように、隔離する方針だとか。
上手く育てば、3月頃にお目見えするのかな~。

あと記事で知りましたが、妊娠期間は平均3ヶ月なんですってね!それと、シロクマが妊娠しているかどうか確認するのは難しいらしいです。体重200~250kgもあるので、見た目では分からない、と言われれば納得。

ニュルンベルク動物園の「フロッケ」のページ
  ↓
http://www.nuernberg.de/internet/eisbaer/

横浜能楽堂「日韓古典芸能の名作」公演

今日は横浜能楽堂まで、「日韓古典芸能の名作」の公演を見てきました。5月のソウル旅行で韓国の伝統芸能の公演を見て、興味を持ったので。まだ紅葉坂のあたりは、紅葉は色づいていない感じでしたね。

それぞれの国の器楽演奏と舞踊を交互にやることで、いろいろ違いが見えて面白かったです。
楽器は、形はよく似ているのですが、音色が全然違うんですね。韓国の方が、音色が金属的というか。

日本の芸能は、歌とセットで、屋内で演奏するのが前提って感じがしました。歌舞伎とか文楽とか能とか、全部「芝居」ですしね。「物語性」を重視しているというか。だから韓国みたいに銅鑼や太鼓をガンガン叩くような演奏にならないのかなと思いました。
それに、衣装や扇も重要な小道具なんですね。季節感を出したり、状況や身分や男女の別さえもそれで語らせちゃう。「つるかめ」という日本舞踊をやりましたが、亀を男、鶴を女に見立てていました。演じたのは両方女性でしたが、そういう格好・髪型をしているので「男と女」と言われても観客は納得するわけです。韓国舞踊で男性が女役で、チマの裾を翻して踊っているところは想像できませんね。

韓国舞踊は、銅鑼や太鼓の音や、旋回の動作がダイナミック!能楽堂じゃ狭くてやりにくそうでした。でも、ふわっと広がるチマチョゴリの裾や、鳥が舞うような手の動きとか、見ていてうっとりしました。

DVD『我が心のオルガン』感想

みんみん鳥の「イ・ビョンホンまつり」も佳境(?)を迎えました。

1960年代の韓国の山村。ホンヨンは17歳ながら、家庭の事情で小学校に通っている。
新しく赴任してきた、新卒でまだ21歳のカン・スハ先生(←初々しいイ・ビョンホン!)に憧れるが、カン先生は、年上の美しいヤン先生に想いを寄せていた。音楽鑑賞という同じ趣味を持っていた二人はジャズのLPを貸し借りするが、カン先生が彼女のために苦労して取り寄せたレコードを子どもがいたずらをして割ってしまう。
 カン先生が告白しようとした矢先、ヤン先生は婚約者と留学するため学校を辞めてしまう。失恋の痛手で授業にも身が入らない。
学芸会の準備中、子供のいたずらで講堂で火事が起こる。人を教えることの難しさを痛感したカン先生は学校を去ることを決意。別れの日、ホンヨンが寄越したプレゼントの包みには、割れてしまったレコードと同じものが入っていた。

たしかにあのラストは蛇足でしたね。でもあれが韓国映画の「お約束」なのかもしれません。

 カン先生に想いを寄せるホンヨンが微笑ましくてね。カン先生がいたずら心で肘をつねったことが気になって仕方がなくて、「キャー」と里山で叫んでみたり。最初、「精神年齢は10歳?」と疑うくらい幼かったホンヨンが恋を知り、別れのときには大人びた表情を見せてました。演じたチョン・ドヨンという女優さんは当時26歳だったとか。全然違和感なし!
カン先生が片思いをするヤン先生は、「純愛中毒」でウンヒを演じたイ・ミヨン。純愛中毒では広末涼子に似てると思いましたが、本作では縦ロールの髪型で昔の斉藤由貴みたいだと思いました。

 カン先生は作文の力をつけるため、生徒に毎日日記をつけるように言います。ホンヨンがカン先生への気持ちを赤裸々に綴るのがおかしくて。ユン先生との噂を聞いた日は、「厚化粧なんかして気持ち悪い!」。ユン先生が学校を辞めると「いなくなって嬉しい!」と書き、「勝手な奴だ」と言われてしまう。カン先生にしても、生徒とは言っても4歳しか違わないし、女の子に好意を寄せられるのは素直に嬉しかったようです。韓国版『初恋の来た道』って感じでしたね。

 昔の韓国の風俗描写が興味深かったです。運動会のシーンがありましたが、日本と同様、大玉ころがしや綱引き、借り物競争をやっていました。ただ、日本では紅白なのに、青と白に別れていましたね。ネットで調べたところ、やはり運動会は日本の統治時代の名残のようです。紅白じゃないのは、やはり「日本」を意識させるからかしら。

W.G.ゼーバルト『空襲と文学』感想

『空襲と文学』 W.G.ゼーバルト著 鈴木仁子訳 白水社2,300円+税

 第2次世界大戦中、主にイギリスによってドイツは絨毯爆撃を受け甚大な被害を受けたが、戦後ドイツにおいて、そのことが文学で取り上げられることはほとんどなかった。ドレスデンの空爆のことが映画(『ドレスデン――運命の日』)にもなったのも、つい最近のことである(爆撃シーンは迫力だったが、映画自体は安手のメロドラマ仕立てで不満)。

 「ドイツが蒙った空襲体験について、ドイツは文学に残すこともしなかったし、次の世代に伝えてこなかった。」
未曾有の惨事を経験した者は、凄まじい恐怖のために語ることも、ましてや思い出すことすら出来なくなってしまう。しかし語られてこなかったのはそれだけが理由であろうか?

 文学作品として残された数少ない例外としてノサックの『没落(滅亡)Der Untergang』を取り上げ、1943年のハンブルク空爆がどのようなものだったかを検証する。
 そもそも空爆の戦略的妥当性については、「加害者」であるイギリスにおいてすら当時から議論の的だった――軍需産業で生産された大量の兵器を消費するためにすぎないのではないか、と。しかしドイツでは、ノサックによれば、避けられないものとして、「天罰」にも等しく受け止められていた、というのである。

 何に対する「天罰」か。ヒトラーを選び権力を持たせ、ユダヤ人をはじめとする多くの人々を奈落の底に突き落としたことに対してか。自ら招いた災厄への羞恥と意地から、何事もなかったかのように振る舞い、過去を封印したのである。「過去、とりわけ1930年から50年までの時期にまなざしを向けるとき、私たちはいつも、見つめると同時に眼をそらしてきた。」とゼーバルトが語るのは、そういうことだろう。

 戦後50年を経て、ドイツは奇跡の経済復興を果たしたし、もはやナチズムという「過去」は克服した。「アウシュヴィッツ」についてはもういいじゃないか――。1980年代後半のドイツではそんな声が出始め、「歴史家論争」と呼ばれるものにまで発展した。1997年秋にチューリヒ大学における講演をまとめた本書は、一見こうした声に同調しているかのように見える。しかしむしろ、「過去から何も学ばないままいって、また同じ過ちを犯しはしないか。」との危惧の証明である。空襲という悲劇を誘発したのは自分たちだと、「自分たちの国家の礎には累々たる屍が塗り込められている」ことを忘れるなと言っているのだ。

 戦争体験を文学として昇華する、普遍化するという作家の務めを果たさずに、自己正当化に走った作家としてアルフレート・アンデルシュを例に挙げ、容赦なくこき下ろす。その対比として、書くことによって苛酷な体験を忘れないように抵抗し続けたユダヤ系の作家、アメリーとヴァイスについての論考を同時収録している。

『アウステルリッツ』や『土星の環』の作者の激しさを、今まで我々読者は知らずにいたのかも知れない。以上が『空襲と文学』を読んでの感想でした。

横浜みなとみらいの夜景

街の灯りがとてもきれいね、ヨコハマ~♪

ということで、みなとみらいの夜景を撮ってきました。(とはいえ旧型のデジカメじゃ、あまり素敵には撮れなかったんですが・・・。)

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<動く歩道から、観覧車・パシフィコ方面を見る>

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<ランドマークプラザ内のツリー>

ザルツブルク風クリスマスオーナメント

横浜高島屋の7階のエスカレーター前のイベントスペースで見つけました。
ザルツブルクでつくられた、クリスマスのオーナメントです。手に取って顔に近づけて見たところ、ふわっと甘いスパイスの香りが。シナモン、グローブ、蜜蝋の匂い。グリューヴァインの匂い。去年行ったドイツのクリスマスマーケットでもこの香りがしていて、懐かしくなってつい衝動買い。

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<こちらはブローチになっています。840円。>

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<こちらは約9cmのミニリース。1,470円。>

今年はドイツに行けないからこれで我慢・・・。

女性専用車両

今週のドイツ語の授業のスピーチのテーマは、「日本は男女同権か?」でした。

In Japan sind Frauen und Männer gesetslich gleichbereichtigt. Aber es gibt noch sexuelle Diskriminierung.
Die meisten Frauen verdienen weniger als Männer, obwohl sie so gleich wie Männer arbeiten.  Frauen haben bei der Stellungssuche weniger Chance als Männer.
Aber manche Männer ärgern sich mit dem Zug für Damen.  Frauen sind körperlich schwächer als Männer. Es ist natürlich, Frauen zu schützen.

日本では、法律上は男女同権だが、性差別はいまだ存在する。
たいていの女性は、男性と同様の仕事をしても給料が少ないし、職探しのときも男性と比べてチャンスが少ない。
なのに、女性専用車両について怒る男性がときどきいる。女性は男性より身体のつくりが弱いのだ。女性を守るのは当然のことだ。

ときどきいますよね、女性専用車両について「逆差別だ」っていう男性が・・・。(うっかり乗り込んで、それを注意されたくらいで、いきなり文句言い出すんですよ。)

そもそも不埒なことをする男がいるからつくられたんじゃないですか。
仕事だから仕方ないとはいえ、男性と密着して、それで隣の男性の腹筋とか背筋とか、大臀筋とか大腿四頭筋とか、肩甲骨とか上腕三頭筋とかの動きが伝わってくるんですよ。もう「勘弁してくれ~」って思います。「
肉塊」とでも思わなければやっていけません(←ひどい奴だ)。「アウシュヴィッツ行きの移送列車よりはゆとりがある」とらちもないこと考えて気を紛らわしてみたり。

「女性専用車両」はドイツ語にない言葉ですが、Der Zug für Damenと訳してみました。(通勤ラッシュのない国に、あるわけないわな。)

ついでにそれぞれの筋肉についてのドイツ語を調べてみました。

腹筋 Bauchmuskel
背筋 Rückenmuskel
大臀筋 großer Gesäßmuskel
大腿四頭筋 Vierköpfiger Oberschenkelmuskel
肩甲骨 Schulterblatt
上腕三頭筋 Dreiköpfiger Armmuskel

う~ん、見事な直訳だな。腹(Bauch)の筋肉(Muskel)とは。そうか、お尻は「座る筋肉」って意味なのか・・・。

DVD『純愛中毒』感想

家具デザイナーのホジンとその妻ウンスは、結婚3年たった今でもラブレターを交わすような仲睦まじいカップル。ホジンの弟テジンとともに暮らしている。
ある日、カーレーサーの弟が出場する会場に向かう途中、兄は交通事故に会う。同じ頃、弟もレース中に事故にあっていた。

1年後、奇跡的に意識を回復したテジンは、自分はホジンだと主張する。兄の魂が弟に乗り移ったのだと。この時点でまだホジンは脳死状態にせよ生きていたこともあり、ウンスはその「憑依」を否定する。しかし、ホジンを彷彿とさせるような言動や、二人しか知りえないことを話すテジンを、いつしか「夫」だと認め・・・。

最後に、実は「憑依」などではなくて、ウンスに愛されたかったテジンが、ホジンの振りをしただけだと分かるのですが、あまりの執着ぶりに「そこまでやるか」と唖然としました。(あんなものまで集めるなんて変態だよ・・・。)

しかし、兄の遺灰を海に撒きながら「兄貴しか愛さないウンスに愛されるためには、兄貴になりすますしかないんだ。」と独白するテジンを見ているうちに(←このときのイ・ビョンホンの泣き顔は絶品ですね。)、一生をホジンとして生きることを選び、自分を「殺し」てでもウンスに愛されたかったテジンに、哀れを感じてほだされて(?)しまった私がいるのでした。

ウンスもほだされた、というか腹を括ったんでしょう。彼の哀しい芝居を知っても、素知らぬ顔をしてテジンの元に戻るのは・・・。おなかにいる(テジンの)子のためかもしれないけど。
しかし、テジンのほうが若くてハンサムなのに、ホジンに首ったけだったのは、ホジンに亡くなった父親を求めていたのでしょうか。夫の回復が望み薄だと薄々わかっていたからこそ、テジンの中に夫がいる、という幻想に縋りついたのでしょう。

こういう「一人二役」は、別人に見えなくてはいけませんが、少なくともホジンには見えなかったですね。笑顔が少なかったからかな。ホジンは微笑みを絶やさない、って感じだったので。

ウンスを演じたイ・ミヨンがよかったです。目の表情だけで、揺れる女心を余さず表現していて。
この人、『タイフーン』でチャン・ドンゴンの姉役を演じた人だったんですね。上手い人だと思って印象に残っていたのですが、気がつかなかった。

『ベルリンのクリスマス』UPしました!

2007年12月に行ったベルリン旅行記、やっとこれで全部まとまりました!

『ベルリンのクリスマス』

http://members2.jcom.home.ne.jp/siegessaeule/weihnachten/weihnactentop.htm

ドイツの、夢のように美しいヴァイナハテンWeihnachten(クリスマス)をお楽しみください!

DVD『遠い路』感想

『純愛中毒』、借りられていたので、今週は『遠い路』。このドラマ、前にテレビでやっていましたよね!最初だけしか見てなかったけど。

ソウルで働くソンジュは、正月になったら恋人のギヒョンを連れて田舎に帰ると父に約束したのに、正月を目前にして振られてしまう。駅で白タクをやっていた青年ウシクに声をかけられたソンジュは、男手一つで育ててくれた父を失望させまいとして、ウシクに恋人の振りをしてくれるように頼む。ウシクはお金と引き換えに承諾する。

これはソンジュとウシクのラブストーリーじゃなくて、父親とウシクの物語ですね。

婿に会えた嬉しさに、父親の上を下へも置かぬ歓待ぶりに、ソンジュの方は複雑だけど、孤児院育ちのウシクは「息子」と呼ばれて悪い気はしない。

父親に挨拶するシーンで、額づくようにしてお辞儀したり、目上の人に顔を向けないようにしてお酒を飲んだりしていました。韓国は儒教の影響で目上の人に対する礼儀作法が厳しいと聞いていましたが、恥をかかないように孤児院で厳しく躾けられたのかな。顔もよくて背が高くて性格もいい。こんな息子だったら私もほしい(笑)。

好きなシーンは、腕相撲をした後、酔い潰れた父親をおんぶして家まで戻るシーン。「ギヒョンや」と自分の名前ではないのだけれど、「息子」と何度も呼びかけられて、そのたびに「はい、お父さん」と答える声がだんだん涙声になっていくのです。見ているこちらも目頭が・・・。

父親が突然倒れ、病院に連れて行く。ウシクは医者から「本人からは娘には言うなと口止めされているが、かなり悪い」と聞かされる。ソンジュの父親を、自分の父親のように思い始めていたウシクは、ソンジュに提案する。「お父さんを二人で分けないか。」かなり突飛な申し出に聞こえるが、ソンジュと結婚するという意味ではなく、ただ純粋に親孝行がしたいから。イ・ビョンホン演じるこのウシクは、天涯孤独という翳を感じさせない明るい青年ですが、こういった言葉の端々に愛情に飢えていることが感じ取れて、はっとさせられます。

最後は、「家族旅行」と称してソウルの病院に向かう旅路の車の中で、父親が「ここにもう一人欲しいなあ、孫が欲しいなあ」と言い出し、二人が照れ笑い。遠からずそうなるよね~、という予感を残して終わります。
失恋と父親をだましている罪悪感からいつもつらそ
うに笑っていたソンジュも、最後には晴れやかな笑顔になったので、ああよかったね、とこちらもほっとしました。

なかなか嫁に行かない娘ですまない、と心の中で自分の父親に詫びながら見ましたよ(笑)。

映画『マルタのやさしい刺繍』感想

月曜日、『クラバート』を見たあとは、銀座に移動して『マルタのやさしい刺繍』を見ました。

スイスの片田舎に住む80歳のマルタは、夫に先立たれすっかり生きる希望も失っている。昔夢見た「自分でデザイン・刺繍したランジェリーのショップを開く」という夢を思い出し、友人のリージの助けを借りて一念奮起するが、保守的な村の人々の反応は冷たい。しかしいつしか周囲の人間たちも変わっていく・・・。というとてもチャーミングなおばあちゃんたちが出てくる話です。
例えば、

村の人たちは買ってくれない → そうだ、ネット販売よ!ということでパソコンを習い始める友人のフリーダ。指南役のロースリ氏といい仲に。

息子が車椅子の父親の病院への送迎をしてくれない → 運転免許を取るために自動車学校に通う友人のハンニ。

ネットで注文殺到。刺繍が間に合わない! → 老人ホームの刺繍コースの人を動員。ハンニが配送係に。  

マルタたちのことが新聞で紹介 → ここまでやるなんてすごい!と村人たちも関心を示す。

「若者の自分探し」系の映画って、正直見る気しませんが、こういう「歳をとっても夢や希望を諦めることはないよ」って映画は、元気がもらえていいですね!

舞台となったエメンタール地方は、ベルンの東に広がる丘陵地帯。(あの“穴あきチーズ”のふる里ですね。)言語的にはドイツ語を使っている地域のようですが、挨拶の言葉は「グーテンターク」じゃなくて「グリュッツィ」、「ありがとう」はフランス語の「メルスィ」なんですね。今習っているドイツ語の先生はスイス人だけど、標準ドイツ語で授業してるから聞く機会がなかったのですが、スイス・ドイツ語は標準ドイツ語とはやっぱり違うんだな、ということが分かりました。

http://www.alcine-terran.com/maruta/

ドイツ映画祭2008『クラバート』感想

今日はドイツ映画祭(新宿バルトで開催)で『クラバート――謎の黒魔術』を見てきました。

時は17世紀、30年戦争で親を失った14歳の少年クラバートは、カラスに導かれて水車小屋の弟子になる。しかし実はそこの親方は黒魔術を教えていた。人と違う力を持てることが嬉しくて黒魔術を学んでいたクラバートだったが、親しくしていた兄弟子が殺される。どうやら毎年大晦日の夜、親方は弟子の一人を死神に捧げて若さを保ってきたらしい。このままではいつか殺される、好きな娘のためにも自由になりたいと考えたとき、クラバートは親方に反旗を翻す・・・という話。

「大泥棒ホッツェンプロッツ」で有名な作者プロイスラーが、ドイツ東部のソルブ地方の伝説を元に書いた作品だそうです。『千と千尋の神隠し』にも大きな影響を与えた作品でもあるとか。
魔術といってもハリポタみたいに楽しい話ではなく、CG全開ってわけでもないけど、面白かったです。角度の問題なのか何なのか、顔がやけに縦長に写っていたのが気になりましたが・・・。

各回始まる前に監督や出演者のご挨拶があるようでしたが、この回は体調を崩したという理由で上映後にインタヴューがありました。監督のクロイツパイントナーさん、リュシュコ役のローベルト・シュタートローバーさん、プロデューサーのウーリ・プッツさんが登場。
原作は1970年代に書かれたものですが、映画にする権利を手に入れるのに時間がかかり、台本が出来上がるのも時間がかかったので今年の公開になったとか、ドイツで封切られてまだ3週間しかたっていないけど、観客動員数は100万人を突破したとか、ラストは現代の感覚にあわせて少し変えたとか、ロケ地はルーマニアで、すごく寒い時期に撮影したのでその苦労話とか、いろいろな裏話が聞けました。

その後、ロビーでサイン・撮影会が始まりましたが、監督さん、サービス精神旺盛な人で自ら肩を抱いて一緒に写真に入ってましたよ。私は、すぐに行かなきゃならなかったので見てただけですが。

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クロイツパインナー監督。若い!

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リュシュコ役のローベルト・シュタートローバーさん。

役と雰囲気が全然違う。

DVD『バンジージャンプする』感想

「生まれ変わっても君を愛す」っていう「輪廻」「運命の愛」がテーマなんでしょうが・・・。

 前半、見ているこちらが恥ずかしくなるくらいベタなラブストーリー。ウブな大学生インウが、雨の日に傘に入ってきた女性テヒに一目惚れ。必死にアプローチして付き合いがはじまる。しかし兵役に就く彼の見送りにテヒは来なかった。(実は見送りに行く途中で事故に会い、帰らぬ人となっていた。)

 後半、だんだん雲行きが怪しくなる。
 17年後、高校で国語を教えるインウ。家庭を持った今でも、密かにテヒを想い続けている。教え子ヒョンビンの言動はことごとくテヒを思い出させ、インウを動揺させる。インウのヒョンビンへの態度は学校中の噂になり、ついに「同性愛者」のレッテルを貼られて学校を追われる。一方最初はインウの気持ちに戸惑っていたヒョンビンも、自分がテヒの「生まれ変わり」だと自覚し、彼の元に走るのだった。

『バンジージャンプする』って題名だから、最後にバンジージャンプするんだろうな、って思っていましたが、
・・・命綱なしですか!?

 ニュージーランドへまで行って心中するとは思わなかったよ!今生で結ばれないから、来世で会いましょうってこと?
 少年も、テヒとして「覚醒」したあとは、ナチュラルにインウを受け入れるけど、ヒョンビンとしての人生をなぜそんな簡単に捨てちゃうの?もっと葛藤しなよ!

と、衝撃のラストに思わず凍りついてしまいましたが、イ・ビョンホン、こんなハードルの高い仕事をよく引き受けましたね。
しかし男子高校生が相手でも、あの恋人を想う苦悩の表情とか切ない眼差しとか、ためらいがちに肩に触れる仕草とか、実に自然なのはすごい。ヒョンビンのガールフレンドに向ける嫉妬の昏い表情にはゾクリときました。

 目の前にいるのが、自分よりガタイのいい、パタリロ似の男子高校生だったとしても、インウにとっては可憐なテヒなんですよね。その人を愛する気持ちを止められないのでしょうが、傍から見たら「男同士」で・・・。見るほうにもハードル高いわ、この映画。


 それから、さえないオジサン色の服を着ていても、かっこいい人はかっこいいんだな、と認識しました。

旅行案内書を出したい!

ドイツ語の授業のスピーチ、今週のお題は「もしも勇気/お金/機会があったら、何をしたいか」でした。

Wenn ich doch nur das Geld hätte, würde ich einen Reiseführer veröffentlichen.  Weil manche  Reiseführer nicht genug für mich sind.
Zu erste würde ich nach Deutschland reisen.  Ich würde im schönen Hotel übernachten, im Cafe leckere Kuchen essen, viele Fotos der Sehenswürdigkeiten machen.
Nach meiner Rückkehr nach Japan würde ich das Buch schreiben.  Wenn viele Leute das Buch kaufen würden, würde ich die Tantieme bekommen.  Ich könnte die nächste Reise gehen.

もしもお金があったなら、1冊の旅行案内書を出版したい。旅行案内書の中には、私には満足できないものが多いからだ。
まずドイツに行く。素敵なホテルに泊まってカフェでおいしいケーキを食べて、名所の写真をたくさん撮る。日本に帰ってから本を書くのだ。
多くの人が買ってくれれば、印税が入る。それで私は次の旅に出られるだろう。

私にとって「いい旅行案内書」っていうのは、まず地図と公共交通機関の利用の仕方がしっかり載っていて、写真も名所名跡のほかに街の様子・雰囲気が分かるものがある、ってところでしょうか。

ドイツに限っていえば、あまりいい案内書ってない気がします。この前買ったフィガロのも、可愛い雑貨やスイーツ、ホテルやレストランの紹介ばっかりで、肝心の街の写真があまりないのです。例えば、北ドイツの森と湖とお城の街、シュヴェリーンの紹介をしているのに、あの美しいお城の写真が載っていない。あの記事だけでシュヴェリーンに行きたくなる人ってほとんどいないと思う。写真も小さいのであまり魅力的にも見えない。新潮社の「旅という名の女性誌」も似たようなものだし。以前は東京書籍などが出している外国文化紹介本をいっぱい買いましたが、いまは「商品カタログ」みたいなのが多くてつまらないですね。

多少受け狙いをしなくちゃいけない(?)ので、こんな内容で発表しましたが、本業がジャーナリストの先生には、「出版社に行って、『私はこんな素晴らしい企画があります。取材費用いただけませんか』って売り込んだら?」「対象者を絞って書いたらいいんじゃない?高齢者とか」とアドバイス(笑)をもらいました。
自分でプリンターで印刷製本して旅行記つくっているし、今ではホームページもやっているけど、やっぱり本を出版してみたい、というのは私の夢です。

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