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DVD『太陽』感想

日本の神々は「柱」と数える。それを知ったときふと思った。
ならば神に捧げられし「人柱」は、人であると同時に神なのではなかろうか。「あの御方」もまた、国の礎として神に捧げられた「人柱」であるがゆえに、「現人神」と言えるのではなかろうか、と。

闇は、まだ明けなかった。1945年8月。その時、彼は庭師のように質素な身なりをしていた。その人の名前は、昭和天皇ヒロヒト。宮殿はすでに焼け落ち、天皇は、地下の待避壕か、唯一被災を免れた石造りの生物研究所で暮らしていた。戦況は逼迫していたが、彼は戦争を止めることができなかった。その苦悩は悪夢に姿を変え、午睡の天皇に襲いかかる。みるみるうちに焦土となる東京。失われる多くの命。うなされるように目を覚ます天皇の孤独。日本は、まだ闇の中にある。やがて、連合国占領軍総司令官ダグラス・マッカーサーとの会見の日が訪れる。彼は、ひとつの決意を胸に秘めていた…。(パンフより)

ロシア人監督が作った「昭和天皇」が主人公の映画。それゆえに、日本公開が危ぶまれた映画。しかし実際公開されたら、何の騒ぎもなかったでしたよね。
政治的歴史的事象を語る映画ではなく、「昭和天皇」という人物を、恐れや弱さを持ったひとりの人間として描き出した、言ってしまえば「外国人が考えたファンタジー映画」でした。役者の個性とかイメージとかが強いし。

実際は東京大空襲から「人間宣言」にいたる半年の出来事を描いているんですが、一つ一つのエピソードが切れ目なく展開していて、まるで1日の出来事のよう。
映像が幻想的で美しい。例えば東京大空襲の場面。翼の生えた魚が水面を泳ぐかのごとく空を泳ぎまわり街を襲う。爆音が響き渡る。炎が街を焼く。逃げ惑う人々・・・。
ただ、オリジナルの予告版を見るともっとビビッドな色合いで、緊迫した場面を次々と映し出しスリリングな印象なんですが、日本版ではセピア色の色合いが強く、感傷的な場面をつないでいてノスタルジックな印象を受ける。なんで変えたのかな?中味はスリリングでも感傷的でもないんですが、オリジナル映像を見たら、また印象も変わるかも知れない。

天皇を演じるイッセー尾形、喋ったら「ああ、イッセー尾形だ」なんですが、後半の方にはそれも気にならなくなり、昭和天皇をほうふつとさせて、一瞬ハッとする。
天皇が鶴に帽子を取って挨拶する場面はとても自然でした。
「極光」について研究所長と話すシーンも、味わい深いものがあります。

天皇は常に口をもぐもぐさせています。言えない言葉を飲み込むかのように。問いかけにストレートに答えず、話を変えてしまったりズレたことを言ったりして、微妙にかみ合わない。この辺も現実離れした感じをさせるのだと思う。

印象に残ったのは、やはりマッカーサーとの会見のシーン(葉巻から葉巻へ火を移す場面が妙にホモくさい)。
米国大使館に呼ばれた天皇。道すがら、瓦礫と化した東京を見て呆然とする。日系の通訳は、「英語で話さないように、彼(マッカーサー)と身分が同等になってしまうから」とかしこまる。
帰りがけ、ドアの前で戸惑う天皇。常に侍従が開け閉めしているので、ドアの開け方を知らないんですね。

「闇に包まれた国民の前に、太陽はやってくるのだろうか。」その言葉に応えるかのように、ラストは薄日射す東京の空。淡々と、淡々と描く日本の「太陽」。日本人には描けない映画だと思いました。(もっとウェットになるはず。)

最後にまったくの余談だが、映画館で見たときは「ゴーッ」と音がしていて、映画の効果音と思っていたけれと、今回見たら入ってなかった。あれはどうやら、背後を走る地下鉄の音だったようだ。

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<イッセー尾形さんのサイン>

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