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DVD『さらば、わが愛/覇王別姫』感想

京劇、好きなんですよね。鮮やかで美しい衣装、節回し、ケレン味たっぷりの演技・・・。一度、北京の京劇専用の劇場で見たことがあるのですが、本当に感動しました。いい演技をしたときには「哈(ハオ!)いいぞ!」と声をかけるそうですよ。歴史に残る京劇役者の伝記的映画『花の生涯―梅蘭芳』を見逃してしまったので、同じ監督、同じ京劇がテーマの『覇王別姫』を見ました。

1925年、北京。娼婦の母親に連れられ、孤児や貧民の子供たちが集まる京劇の養成所に入った少年・小豆。新入りの小豆は他の子供たちからいじめられたが、石頭だけは彼を弟のようにかばい、小豆も石頭を兄のように慕った。
厳しい稽古を積み成長した二人は、石頭は“段小樓”、女形になった小豆は“程蝶衣”と芸名を改め、京劇『覇王別姫』のコンビとして人気を博す。
小樓はある日、酔客に絡まれていた娼婦の菊仙を助けたことをきっかけに、彼女と結婚する。少年時代より小樓に想いを寄せていた蝶衣は袂を分かつ。その日北京は日本軍に占領された。
ある日小樓は楽屋で騒動を起こし日本軍に連行されてしまう。小樓を救うため、蝶衣は日本人将校の宴席で歌う。しかし彼の尽力で釈放されたのにも拘わらず、小樓は蝶衣の頬に唾を吐きかけ、菊仙とともに去る。深く傷ついた蝶衣はアヘンに溺れる。
49年、共産党政権樹立。蝶衣と小樓は再び舞台に立つが、今度は蝶衣が、かつて日本軍の宴席に出たという理由で裁判にかけられる。小樓から決別の手紙を受け取った蝶衣は絶望し、京劇界の実力者でパトロンの袁世卿の取り成しをも無駄にしてしまう。
京劇は新しい革命思想に沿うよう変革を求められていた。袁世卿ですら反体制派として処刑された。伝統を重んじる蝶衣は弟子の小四に批判され、そればかりか彼に『覇王別姫』の虞姫役を奪われてしまう。ショックを受けた蝶衣は芝居をやめる。
66年、文化大革命の嵐が吹き荒れ、京劇役者らも吊るし上げられた。小樓は自己批判をするよう強制され、それに屈した小樓は蝶衣の所業を暴きたてる。裏切られた蝶衣は、菊仙が娼婦だった過去を暴露し、小樓は「娼婦だった菊仙など愛していない」と言ってしまう。その言葉を聞いた菊仙は自殺する。
77年、四人組が逮捕され、文革が終結する。蝶衣と小樓は無人の体育館におもむき、11年ぶりに二人だけで最後の『覇王別姫』を演じる。

京劇役者二人と一人の女の、同性愛がらみの愛憎劇だったっけな、という認識だったのですが、これは、「激動の20世紀 in China」な映画だったんですね。

文化革命は1966~76年の10年間続いた、封建的文化、資本主義文化を批判し、新しく社会主義文化を創生しようという運動。しかし実態は、中国共産党内部の政治闘争だったようです。そしてこれが大衆を巻き込んだ大粛清へと発展していったのです。
当初は事業家などの資本家層が、さらに学者、医師、弁護士などの知識人等が弾圧されました。映画の中でもありましたが、弾圧の対象となった人々は街中を引き回され、吊るし上げられ「自己批判」を強要されました。(Wikipediaより引用)

文革が終わって、二人で『覇王別姫』を演じますが、どちらから「やろう」と言い出したんだろう。蝶衣か。そして何故蝶衣は、演じ終わった後自らの命を断ったのか。虞姫は王の足手まといになるまいとして自決するが、蝶衣は裏切られても消せない小樓への想いを断ち切るために、死を選ぶしかなかったのだろうか。
母に捨てられた小豆=蝶衣にとっては、かばってくれた小樓の優しさがすべてだった。それが大人になっても変わらなくて、だから「同性愛」といっても(性的な)生々しさがなかったように思います。でも、菊仙に初めて会ったときは、「女」そのものでしたね。最初は蝶衣を嫌っていた菊仙も、いつしか彼の気持ちを理解し受け入れるようになるのが面白かった。

しかしレスリー・チャン演じる蝶衣の女形姿の美しいこと!同じ衣装を着ていても、やはり弟子の小四とは迫力、優雅さが違いましたね。また京劇を見に行きたくなりました。

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