ベルンハルト・シュリンク『帰郷者』感想
『帰郷者』ベルンハルト・シュリンク著・松永美穂訳
新潮社クレストブックス 定価2,200円+税
現在公開中の映画『愛をよむ人』の原作者、ベルンハルト・シュリンクが『朗読者』から11年ぶりに出した長編小説。
母ひとり子ひとりの家庭に育ったペーターは、祖父母の家で、収容所から妻の元に戻る帰還兵の物語の断片を見つける。妻の隣には他の男がいて…というところで物語は途切れていた。
大人になったペーターは、物語の作者を探すうち、バーバラと出会い恋に落ちる。しかし彼女には行方不明の恋人がいて、ある日その男が訪ねてきた。
バーバラと別れたペーターは失意の日々を過ごすが、壁崩壊後のベルリンでバーバラと再会。夫とは離婚していた彼女とよりを戻す。
出版社で働くペーターのもとに本が届く。その本の著者の名は、アメリカの著名な法学者ジョン・ド・バウアー。ペーターは、ド・バウアーが例の帰還兵の物語の作者で、なおかつ自分の父ヨハン・デバウアーその人ではないか、という考えに取り憑かれる。
いてもたってもいられなくなったペーターは仕事を辞め、バーバラを置いてN.Y.に飛ぶ。ゼミの学生としてド・バウアーに近づいたペーターは、彼の私的なゼミに招待される。
しかし陸の孤島のような場所で行われたゼミでは、思いもよらぬことが起こる。その黒幕がド・バウアーだと知ったペーターは、父との決別を決意し、バーバラの元に戻る。
彼女の隣に男は――いなかった。
帰還兵の物語が、実は死んだと聞かされていた父親の意外な事実に繋がっています。
ホメロスの『オデュッセイア』は、妻の元に戻ったが、父は母の元に戻ってこなかった。しかも偽名を使って別人として生きていた。それは、ナチスの大物と関わりを持っていた彼が、戦後ナチス戦犯として裁かれるのを逃れるためだった。『朗読者』でも出てきた、「ナチスが戦後のドイツに落とした影」というテーマがここでも出てきます。
悪魔的に魅力的なド・バウアーが唱える「鉄の掟」――自分自身に耐える用意があるならば、他人にもそれを味合わせる権利がある。自分に死ぬ覚悟があるならば、他人を殺す権利がある、という思想は、何もナチス時代ならではのものではない。
いついかなる時代でも、「正義」という名のもとに、人は悪を行う用意がある。そのために、自分の良心を悪に売り渡すことだって出来る。
こういう深いテーマあり、父と母、父と子、主人公とバーバラのドラマあり、壁崩壊直後のベルリンについての話もありで、『朗読者』より楽しめました。
ゼミのくだりが、読みながら「ええっ?いったいどうなっちゃったの?」というサスペンスな展開でした。でもそういやこの作者、もともと推理小説書いていたんだっけ、と納得。
そうそう、「逃亡したナチス戦犯」というモチーフで思い出すのは、ヨーゼフ・メンゲレとその息子の関わりを描いた『My Father』。もし『帰郷者』が映画化されるのなら、ペーター役はぜひトーマス・クレッチマンでお願いします(笑)。
![]() | ![]() | 帰郷者 (新潮クレスト・ブックス)
著者:ベルンハルト シュリンク |
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