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ギュンター・グラス『箱型カメラ』感想

前作『玉ねぎの皮をむきながら』でナチスのSS隊員だった過去を打ち明けたギュンター・グラス、今度はその後のこと、自らの私生活を告白した。

前作は、少年時代から作家として成功するまでの時期を描き、ビルドゥングスロマン(教養小説)みたいな趣だったが、その後を描く本作は、うってかわっておとぎ話かメルヒェンといった感じだ。自伝なのに。

語り手はグラスの8人の子どもたち。両親の離婚と再婚(と愛人関係)によって兄弟となった彼らが一堂に会して、「父親グラス」のことを語るという構成である。

子どもたちはもちろん仮名で登場するが、自分たちの複雑な家庭環境が改めてクローズアップされて、あんまりいい気持ちはしなかったんじゃないだろうか。
ただ、グラスの視点から自伝を書こうとすると、男女のいきさつを詳しく語らざるを得なく、生々しくなりすぎる。第三者(子どもたち)が語るという形をとることによって、その辺を曖昧にぼかすことが可能だ。しかもこの会話自体フィクションだと明言されているので、どこまでが本当でどこまでが創作か、読者の想像にまかされることになる。

そして、バラバラの家族を見守り繋ぎ合わせる役目として、旧知の写真家マリア・ラーマ、「マリーおばさん」が登場する。
彼女が、旧式の箱型カメラをパチっとやる。すると写真には被写体のありのままの姿ではなく、過去や未来の姿が映し出される。それどころか本人の願い事が投影されるのだ。例えば、犬が飼いたいと願った娘の写真には、犬と戯れる娘の姿が・・・。
この現実と虚構の境界線に立つ「マリーおばさん」の存在が、本作をよりおとぎ話めいたものにしている。

成人し離れて暮らす兄弟たちが一同に会し、父親のことを語る。父親の葬式の後という状況を連想した。グラスはこれを、箱型カメラで撮った未来(あるいは願望?)の姿として描いているのか。ひょっとすると、本作が遺作になると考えているのか。

だが最後を締めくくるのはこんな言葉だ。「父親の中には今でもまだまともに働いている部分があり、それについて片をつけなければならないからだ、生きている限り・・・・」
次作を予感させる言葉だ。

箱型カメラBook箱型カメラ

著者:ギュンター・グラス
販売元:集英社
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