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DVD『ツィゴイネルワイゼン』感想

内田百聞原作の『サラサーテの盤』とその他多くの短編のアイデアをもとに、時間と空間、現実と幻想の間を映像がさまよう不思議な世界を生み出した異色作。
久しぶりにレンタルショップで見つけて、懐かしさに見てみました。

ツィゴイネルワイゼン デラックス版(DVD)


 陸軍士官学校のドイツ語教授、青地豊二郎は,友人の中砂糺と海辺の町を旅していた。宿を取った二人が呼んだ芸者・小稲は、弟の弔いを済ませたばかりという。弟が服毒自殺をしたが、その骨は血を吸ってか、桜のようにほんのり赤かった、という話に中砂は興味を持つ。その後、中砂は旅を続け、青地は湘南の家に戻る。
 歳月が流れ、青地のもとへ中砂の結婚の知らせが届いた。新妻・園は、芸者の小稲と瓜二つだった。
その晩、青地は作曲家サラサーテが自ら演奏している「ツィゴイネルワイゼン」のレコードを中砂に聴かされる。この盤には、演奏者のサラサーテが伴奏者に喋っているのがそのまま録音されているという。中砂は青地にその話の内容を訊ねるが、彼にもそれは聞き取れなかった。中砂は再び旅に出る。
 
 青地は、周子の妹で入院中の妙子から、妻・周子が中砂と二人で見舞いに来たと聞かされる。青地はそのことを中砂から聞き出そうとするが、中砂から「死んだら骨を君にやる、その代わりに君が先に死んだら君の骨をくれ」と約束させられる。
 中砂の放浪癖は治らず、その間にも園は女の子を産む。その子は青地の名の一字を取って「豊子」と名づけられた。園は次第に精神に変調をきたしていく。
 その翌年、園が死に、新しく乳母を雇ったという知らせを中砂からもらう。訪ねてみると、その乳母とは芸者の小稲だった。
しばらくして、中砂が旅の途中で麻酔薬で遊んでいて事故死したという連絡が入った。
 5年の歳月が過ぎた。ある晩、小稲が青地を訪ね、生前に中砂が貸した本を返して欲しいと言う。なぜ今ごろ、しかもドイツ語の専門書の名を芸者あがりの小稲がスラスラ言えるのか、青地は訝しがる。
 ある日、「ツィゴイネルワイゼン」のレコードを返して欲しいと訪ねて来たが・・・。


いや~、やっぱり凄いわ。めくるめく悪夢というか、極彩色の幻想美というか。こんなにスタイリッシュな映像、めったにあるもんじゃないです。

トンビを着てもじゃもじゃ髪の中砂(原田芳雄)は、獣じみた狂気の男。
夏目漱石のようなインテリゲンチャの青地は、藤田敏八が演じていますが、この人ほんとは映画監督だったそうですね。

大楠道代演ずる周子の、ピンクハウス風のワンピースやモダンな着物が素敵。水蜜桃を食べる周子の色気が凄い。

小稲と園は大谷直子の二役ですが、中砂が死んだあたりから、おきゃんな芸者だった小稲が、憑依されたかのように言動が園そっくりになっていく。

内田百聞の短編に、土手を歩いていたら、いつの間にかあの世に来ていた、というふうなのがありましたが、昔ながらの日本人の死生観ってこんなふうだよな、と納得したことがありました。
死がすべての断絶、という西洋的死生観とは違って、「死」が怖いものではなく、身近にある感じ。49日間は死者の魂はこの世に留まっていたり、あの世とこの世が陸続きだから、お盆には死者が気軽に(?)帰ってきたりする。父親を知らないはずの豊子が、夢の中で中砂と話をするのも変じゃない。

この映画の魅力を語る能力が私にはないので残念ですが、一言で言えば、ラストシーンで、豊子が青地に向かって言う「生きている人間は本当は死んでいて、死んでいる人が生きているのよ。」という言葉に尽きるんじゃないですかね。。
この、生きているんだか死んでいるんだかわからない世界、「死」の気配を濃厚に漂わせる世界に魅入られてしまいました。

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