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ギュンター・グラス著『蝸牛の日記から』感想

『蝸牛の日記から』
ギュンター・グラス著/高本研一訳
~現代の世界文学 ~ 集英社

ギュンター・グラスの作品をデビュー作『ブリキの太鼓』から発表順に読んでいこう、という「グラス・マラソン」を絶賛開催中(←?)ですが、作風の変遷がわかってなかなか面白いですよ。図書館で借りてきているので、ガーっと読んであらすじを確認するのがせいぜいですが。

この小説はグラスが4人の子どもたち(双子のラウールとフランツ、ラウラ、ブルーノ)に語る形式をとっています。(最新作『箱型カメラ』では別の名前で登場してますね。)

「私は市民の、つまり人間になった蝸牛だ。私には前方へ向うい内面へ向かう衝動があり、定住し逡巡し拘泥する傾向があり、感情の中に不安と性急さがある点で、私は蝸牛に似ている。」

1969年は選挙の年、グラスは支援するSPD(Sozialdemokratische Partei Deutschlands:ドイツ社会民主党の略称)の応援演説で国中を飛び回っている。まだ4歳のブルーノは、父親は選挙戦Wahlkanpfじゃなくて、鯨取りWalkanpf(読みはどちらも同じ「ヴァルカンプフ」)に行っていると思っている。

その合間に挿入されるのは、「疑惑」ことへルマン・オットのことだ。「疑惑」は1930年代のダンツィヒで高校2等教諭をしていた。ユダヤ人ではなかったが、ユダヤ人学校で教え、ユダヤ人のパレスチナへの亡命を手伝ったことから、ナチスに目をつけられた。
「疑惑」は自転車で逃走する。しかし途中で自転車が故障し、顔見知りの自転車屋シェントマのところへ行き、そのままその地下室に潜伏することとなる。

新教徒大会の途中で、聴衆の一人が服毒自殺をする。演説会などににちょくちょく顔を出しては的はずれなスピーチをぶつ男・アウクスト。死の原因を知るために、グラスはその家族に会う。アウクストは憂鬱症を患っていた。

シェントマにはリスベトという娘がいたが、子どもを亡くしたことが原因で憂鬱に囚われている。蝸牛の蒐集家である「疑惑」のために蝸牛やなめくじを集めてくる。
ある日、「疑惑」が戯れになめくじをリスベトの肌に這わせたとたん、彼女はおしゃべりを始めた。なめくじが彼女の憂鬱を吸い取ったかのように、彼女はしだいに正気に戻っていった。

そして終戦後、二人は結婚し西ドイツに渡ったが、今度は「疑惑」が精神を病み、12年間も精神病院に入院していた。

SPDは得票数を増やし、グラスはアルブレヒト・デューラーの銅版画「メレンコリアⅠ」について講演した。


田舎の民家の地下室に潜伏し、その家の持ち主に千夜一夜のごとくいろんな話をしてやる、というのは、ドイツの文壇で「法王」とよばれるほどの著名な文芸評論家、マルセル・ライヒ=ラニツキの体験にインスパイアされたもののようです。(ラニツキはその家の娘とねんごろになったりしませんでしたが・・・)

またこれは「私小説」でもあります。アンナ夫人をはじめ、やんちゃなラウール、そつのないフランツ、男の子みたいなラウラ、ひょうきんなブルーノとのふれあい。
『箱型カメラ』では、この作品に出て来たようなエピソードが、今度は子どもたちの視点で書かれ、読み返すと面白いです。


これからドイツ対デンマーク戦ですね。

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