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ギュンター・グラス著『テルクテの出会い』感想

ギュンター・グラス著『テルクテの出会い』
現代の世界文学 集英社

終戦直後の1947年、作家ハンス・リヒターの招きによって、若い作家たちが南ドイツの寒村に集まり、自作を朗読しお互いに批評しあった。これがいわゆる「47年グループ」の始まりで、それはその後も場所を変えて行なわれ、規模も大きくなっていった。
ギュンター・グラスが招かれたのは、まだ無名だった1955年。そこで一躍文壇の寵児となるのは、自伝『玉ねぎの皮をむきながら』に詳しい。
『テルクテの出会い』は、自分を世に出してくれた、いわば恩人のリヒターの70歳の誕生祝いとして書かれた。

300年前に、「47年グループ」の会合が行なわれたとしたらどんなふうになっただろう?

30年戦争も未だ終わらぬ1647年、詩人ジーモン=ダッハは、言葉による祖国統一の願いを込めて、全ドイツの詩人が集まる朗読会を招集する。しかし会場となるはずの宿には、スウェーデン兵が陣取っていた。
帰ろうとした詩人たちの前に、ゲルンハウゼンと名乗る胡散臭い男が現れる。男の申し出に乗り、近在のテルクテという小さな町に向かう。案内されたのは、ゲルンハウゼンの長年の女友達リブシュカが営む宿だった。

翌朝、さっそく会が始まる。朗読者が座る席の隣には、この集まりの象徴としてあざみの鉢植えが置かれることになった。彼らはあざみのそばで自作を朗読したり、文学的議論を戦わせたりした。時に猥談、時に政治談議に変わり、諸侯に宛てた詩人による平和宣言を読み上げようとするものもいた。しかし詩人たちの宗教的・政治的立場の違いが強調されるばかりで、話が進まない。

そして夕食時、いつの間にやらいなくなっていたゲルンハウゼンが「諸侯からの贈り物だ」とご馳走や装飾品を持って帰ってくる。さっそく宴会が始まる。
しかしそのご馳走は、みな近郊でスウェーデン軍から奪い取ったものだということが明らかになる。しかしダッハは彼の罪を認めつつ、欠席裁判を止めさせ、明朝当人にどうするつもりか決めさせることにする。

ゲルンハウゼンは自分の行いを悔いて泣くが、リブシュカは彼を嘲笑する。「いつか小説家になって、物語にお前のような宿屋の淫売を書いてやる」とゲルンハウゼンは罵り、リブシュカを殴りつけて川原に走り出す。(これが『阿呆物語』の作者として名高い、後のグリンメルスハウゼンである。)

そして再び、問題の平和宣言が議論にのぼる。しかしローガウが宣言そのものに反対する。喧騒のただ中、グリューフィウスがあざみの鉢植えを高々と掲げ、床に叩きつけた。しかしあざみは土と破片にまみれながら無傷だった。
叩きつけられても無傷なあざみに祖国ドイツを重ね、詩人たちは救われた気持ちになる。

長い議論の末、平和宣言は完成し読み上げられることとなった。ダッハは閉会の辞を述べる。
そこへ突然の火事。幸い全員が無事逃げ出すことはできたが、あれほどの議論の末にできあがった平和宣言の草稿は灰燼に帰した。
そして、この集会は彼らの生きているうちは再び開かれることはなかった。

時代は違えど、ドイツとドイツ語の将来を憂える心は同じ・・・。
ダッハをはじめこの小説に出てくる詩人たちは皆実在の人物だそうです。そして、この時代すでにドイツ語浄化のための文学サークルが存在していたとか。
となれば、「47年グループ」のように、この時代の文学者たちがドイツとドイツ文学のために集まったとしても、それほど突拍子もない設定ではないのかもしれませんね。

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