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2010年11月

ドイツの若者言葉大賞Jugendwort des Jahres2010

早いものでもう12月です。
いち早く、今年の「ドイツの若者言葉」大賞Jugendwort des Jahres 2010が発表されました。

トップ5は次のとおり。

1.) Niveaulimbo ニヴォーリンボー

Niveauは「レベル、水準」、limboはリンボーダンスのリンボーで、意味としては「レベルの絶え間ない低下ständiges Absinken des Niveaus」だそうです。特にテレビ番組と関連して使われるようです。


2.) Arschfax  アルシュファックス

「ズボンの下からのぞいた下着のタグUnterhosenetikett, das hinten aus der Hose hängt」
・・・いわゆる「見せパン」のこと?

3.) egosurfen  エゴザーフィン

インターネットの検索マシンに自分の名前を入力すること seinen eigenen Namen in Internet-Suchmaschinen eingeben

この言葉じたいは1995年くらいから聞かれ始めたけれど、昨今のソーシャルネットワークの普及で、改めて時事性を帯びてきたので今回の受賞となったようです。

4.) Speckbarbie シュペックバービー

Speckはベーコンのこと。
「ピチピチの服で着飾った女の子 aufgetakeltes Mädchen in viel zu enger Kleidung」のこと。日本でも「ボンレスハムみたい」とか言うよね。

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5.) n1, nice one
うまくやった、イカシた行動 gut gemacht, geile Aktion!
チャットとかで“Nice one!”って書く代わりに“n1”って書くようです。
日本でも「GJ(=Good Job)」って略して書いているの、ときどき見ますね。そんな感じ?


http://www.jugendwort.de/pr_meldung_11.cfm


DVD『幸せはシャンソニア劇場から』感想

映画『コーラス』の監督とマチュー先生を演じたジラール・ジュニョが再びタッグを組んで描く人間ドラマ。

幸せはシャンソニア劇場から [DVD]


1936年のパリ。ミュージック・ホール「シャンソニア劇場」が不況のために閉館することになった。そこで長年裏方として働いていたピゴワルはショックで酒に溺れる毎日。そんな中、アコーデオンを弾いて小銭を稼いでいた息子のジョジョが補導される。扶養能力なしと判断されたピゴワルは、離婚した妻にジョジョの親権を取られることになった。息子を取り戻すには、定職に就く必要がある。ピゴワルは、売れないコメディアンのジャッキー、照明係のミルーらかつての仲間を集めてシャンソニア劇場を再建しようとする。

そんな中、歌手志望のドゥースが前支配人を訪ねて劇場を訪れる。借金のカタに劇場を手に入れたギャラピアは彼女に一目ぼれし、オーディションを受けるように勧める。

やがて迎えた初日の評判は、ドゥースの歌以外は散々なもので、日を追うごとに観客は減っていった。ドゥースはミルーと恋仲になるも、大手の劇場に引き抜かれてシャンソニア劇場を去る。

ピゴワルの友人で、20年間家に引きこもり一日ラジオばかり聴いている「ラジオ男」ことマックスは、ラジオでドゥースの歌を聴いて驚く。それは昔、劇場の座付き作曲家だったマックスが恋人ローズのために作った歌で、彼女は他の男の子を妊娠し失踪してしまったのだった。
ドゥースのもとを訪れたマックスは事情を話し、「シャンソニア劇場を救って欲しい」と彼女に懇願する。

すっかり意気消沈したピゴワルを元気づけようと、母親のもとに引き取られたジョジョを、ミルーとジャッキーが迎えに行く。

街の失業者たちが主人公、という時代を反映したマックスの舞台は大当たり。ミルーは金庫番として劇場に寝泊りするようになる。
メーデーのお祭りに、劇場の皆も繰り出す。ミルーもジャッキーに金庫番を代わってもらいドゥースと出かける。
しかし、ドゥースとミルーの仲に嫉妬したギャラピアが、手下を使って劇場を襲撃。ミルーの代わりにジャッキーが殺されてしまう。
ギャラピアの仕業と気づいたミルーは拳銃を手に飛び出すが・・・。


『コーラス』で父親を待ちわびていた小さな男の子・ペピノが大きくなっている~!美少年!
本作では、父親を気遣うしっかり者の息子ジョジョを演じています。1995年生まれですって。これからが楽しみですね。


親子愛、恋、友情を描いた人情話、古きよき時代へのオマージュに留まらず、1936年という「時代」も描かれていましたね。

1936年は、左派政党が連合政権(人民戦線)を構成し、労働者たちが権利を求めて立ち上がった年でもあります。
工場に乗り込んでストを煽ったりしているミルーは、本名をエミール・レボヴィッチといい、名前から推測するに、東欧系ユダヤ人でしょうね。当時は「平等」を掲げる共産党に入党するユダヤ人が多かった、とどこかで読みました。

顔役ギャラピアは、人民戦線に対抗する右派政党に献金して便宜を図ってもらおうとしており、ジャッキーに党の集会をやらせたりしています。

なかなか社会派のドラマでもありました。

公式サイト:http://www.chansonia.jp/

2010クリスマスイルミネーション(横浜駅)

世間ではもうクリスマスシーズンですね。(こっちは年末調整の仕事のことで頭を抱えててそれどころではないと言うのに・・・)

今年もさっそく「イルミネーションめぐり」やっちゃいましょう!

まず横浜駅、高島屋前。

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ポルタのエスカレーターのところ。

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今年の横浜駅のイルミネーションは、シックな感じが多いですね。
ジョイナスのはゴールド、ダイアモンド地下街はシルバーがベースの飾り付けでした。

皇帝ダリア

誰が植えたか知りませんが、職場の敷地に咲いていました。

「皇帝ダリア Dahlia imperialis 」は、樹木に劣らぬ立派な幹をピンと伸ばし、威風堂々とした姿から命名されたものとか。「木立ダリア」とも言うそうです。実際、2階にまで届きそうな勢いです。

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写真では薄紫色ですが、実際はきれいなピンクです。

 

『エーリヒ・ケストナー  謎を秘めた啓蒙家の生涯』感想

『エーリヒ・ケストナー  謎を秘めた啓蒙家の生涯』
スヴェン・ハヌシェク著/藤川 芳朗 訳
白水社  6825円 (本体価格6500円)

エーリヒ・ケストナー


(日本において)エーリヒ・ケストナーと言えば、『エーミールと探偵たち』『飛ぶ教室』などで有名なドイツの児童文学作家、という程度の知識しかない人がほとんどだろう。ちょっと詳しい人なら、「ナチに抵抗した作家」と言われていることを知っているかもしれない。で、実際の彼はどうだったのか。
 しかし公刊された母親との往復書簡や、第二次大戦末期を描く終戦日記『四五年を銘記せよ』はいろいろ作家自身によって修正が加えられており、真実を伝えるものとはなっていない。
 そこで膨大な一次資料に直接当たり、これまで世に定着していた固定観念や思い込みを覆し、作家の実像に迫っていこうというのが本書である。
 母親から異常なほどの期待をかけられ、それに応えた少年時代。大学に入って、新聞のコラムを書くことから始まった出版の世界への進出。ベルリンに出て、カバレットなどのナイトライフを楽しみ、数多くの女性と浮名を流すかたわら、児童文学を専門とする出版社の依頼で書いた『エーミールと探偵たち』がヒットして、一躍有名に。
 ナチス時代は著書が燃やされ「執筆禁止」を申し渡されたが、国内に留まり「国内亡命者」となる。それでもゲッペルスの黙認のもと書かれた映画『ミュンヒハウゼン』の台本のほか、匿名で数多くの映画制作に携わった。
 戦後は、文壇の大御所として政治的発言をしたり、若い作家たちの支援をしたりしていた。しかし晩年は、永年のパートナー、ルイーゼロッテ・エンデルレとのケストナーの隠し子を巡る諍い、それに書けなくなった苦悩のために酒に溺れるようになる。1974年、食道癌で死去。

・・・とかいつまんで書いてみましたが、実に波乱万丈な人生。

ケストナー自身は、ナチス時代もドイツに留まった理由を「後に国内で起こっていたことを記録するため」――しかしそれは書かれることはなかった――と言っていますが、1920年代の出来事なんかは、そのままこのころ花開いた「ワイマール文化」の資料としても興味深いです。

 作家についてほとんど知識のない私でも楽しめました。現時点では間違いなく、ケストナー伝の決定版です。


ペーパードライバー講習⑧

さっそく夜に走ってきましたよ。

例によって職場の近くを走るコースをリクエストしました。

しかし。

全然見えないもんですね。
走行線が見えないよ黒っぽい服の人が見えないよ対向車のライトが目を刺すようだよウキーッ!てな具合で。

対向車のライトから目を逸らしながら運転していると、どんどん左寄りに寄ってしまうことが何度かありました。

職場は海岸のそばにあり、海岸沿いの道路を走ったのですが、片や真っ黒い海、片や山みたいなところで暗いのなんの。路駐していた車があったのですが、教官が注意してくれるまで気がつきませんでした。黒かったし。危うく大惨事になるところでした。

もし将来車を買うときは、白っぽい車にしよう・・・。

東京外大言語モジュール

東京外大が、「言語モジュール」という外国語学習サイトを立ち上げました。

ある程度まで互いに独立しながら、全体として一つのまとまりをもった言語教材のことを「モジュール教材」と呼びます。この東京外大の言語モジュールは、音、会話、文法、語彙の4つのモジュールで構成されており、どのモジュールからでも自由に言語を学習できるとのことです。


学習できる言語は、英語をはじめ、ドイツ語・フランス語、スペイン語、珍しいところではウルドゥー語、ヒンディー語、アラビア語などがあります。いっぱい種類があって楽しいですね。

ドイツ語は、標準語のほかに、ウィーンのドイツ語、チューリヒのドイツ語のパターンがあります。マニアックだな~。

ドイツ語は分かるので他の言語を見てみましたが、会話の速度が結構速い!
いちおう、大学生が初めて新しい外国語を学ぶための教材というレベル設定のようですが、まるっきりの初心者というより、ちょっとかじった人向けという印象です。

東京外大言語モジュール:
http://www.coelang.tufs.ac.jp/modules

第17回大阪ヨーロッパ映画祭開催中

最近「ソウル・キッチン」の記事へのアクセスが多いな~、どこかで上映するのかな、と思って検索してみたら、「第17回大阪ヨーロッパ映画祭」なんてのが現在開催中です。

映画祭で上映され、さらにゲストとしてファティ・アキン監督が来日されるとのことでした。


「映像文化で日欧を結ぶ文化の祭典「大阪ヨーロッパ映画祭」が今年も11月に第17回を開催いたします。

未公開のヨーロッパ最新映画を初上映するメインイベント「ヨーロッパ最新映画初上映」では、今年もヨーロッパ各国から届いた最新作を来日をゲストを迎え紹介させて頂きます。いずれも世界の映画祭やヨーロッパ各国で大きな話題を呼んだ秀作ばかりです。

 また、今年はメイン会場において2つのホールを使用し、特集上映やキンダーフィルム特集などの関連イベントの多くを同じ期間に同じ会場でおこなうことといたしました。お客様にはより一層足を運んで頂きやすくなったかと思います。また、“フェスティバル”ならではの特別な演出として、それぞれの上映に“映画プラスα”の楽しみをご用意しております。」(公式ホームページより)


2010年10月30日(土)〜 11月 23日(火・祝)
イシハラホール、梅田芸術劇場、イーマ他
ヨーロッパ最新映画初上映:11月18日(木)〜23日(火・祝)

今年は新宿バルトでの「ドイツ映画祭」、やらないみたいですね。来年に乞うご期待!みたいな記事ありましたが・・・ただでさえドイツ映画は上映機会が少ないので残念ですね。

DVD『カティンの森』感想

カティンの森 [DVD]

「カティンの森」事件とは、第2次世界大戦中にソ連のグニェズドヴォ近郊の森で、数千人のポーランド軍将校らがソ連の内務人民委員部(NKVD)によって銃殺された事件。
映画は、実際に遺された日記や手紙をもとに、「カティンの森」事件の真実を、ソ連軍に捕らえられたポーランド軍将校たちの姿と、彼らの帰還を待つ家族たちの姿をとおして描きます。

1939年9月17日、ドイツ軍に西から追われる人々と、ソ連軍に東から追われた人々が、ポーランド東部ブク川の橋の上で出くわした。前者のなかには、クラクフから夫のアンジェイ大尉を探しにきたアンナと娘ニカ、後者には大将夫人ルジャがいた。アンナとニカは川むこうの野戦病院へ、大将夫人はクラクフへ向かう。

アンジェイや友人のイェジら将校たちは、ソ連軍の捕虜になり東へと移送された。アンジェイは、目撃したすべてを手帳に書きとめようと心に決める。ソ連占領地域に取り残されたアンナはクラクフへ戻ろうとするが、国境を越える許可が下りなかった。
同年11月、アンジェイの父ヤンを始めとするクラクフの大学教授たちがドイツ軍に逮捕され、ベルリンのザクセンハウゼン収容所に送られた。

1940年春、アンナとニカは国境を越えてクラクフの義母のもとに戻る。義父ヤン教授死亡の報が届くなか、アンジェイの生存を信じ、家族は帰りを待ち続けた。
その頃アンジェイは、大将、空軍中尉ピョトルらと共に別の収容所に移送される。イェジはその場に残された。

1943年4月、ドイツは一時的に占領したカティン(ソ連領)で、"虐殺された多数のポーランド人将校の遺体を発見"と発表した。「クラクフ報知」に載った犠牲者のリストに、大将とイェジの名前はあったが、アンジェイの名はなかった。大将夫人はドイツ総督府に呼び出され、ソ連の虐殺行為を非難するプロパガンダの文書を読み上げるよう強要されるが、ルジャは拒否する。

1945年1月18日、クラクフがドイツ占領から解放された。
死んだと思われていたイェジがアンナのもとを訪れ、アンジェイの死を告げる。アンジェイに自分の名前が入ったセーターを貸したために、彼の代わりにリストに名が載ったのだった。
生き残ったイェジは、親ソのポーランド軍の将校として、「カティンの森」事件はドイツの仕業、というソ連側の公式見解を繰り返す。しかし大将夫人ルジャに裏切り者となじられ、良心の呵責に耐えられずに自殺してしまう。

ワルシャワ蜂起に参加したアグニェシュカは、戦後、カティンで発見された兄ピョトルのロザリオを受け取る。彼女は兄の墓碑をつくり、そこに「1940 年カティンに死す」と記した。彼女は反ソ宣伝の罪で逮捕され...。

父親を虐殺されたアンナの甥タデウシュは、レジスタンス活動をしていた。戦後、美術学校入学の手続きに行った帰り、ソ連を受け入れられない彼は、親ソのポスターを破り捨てる。秘密警察から逃げまわるが、最後は警察の車にひき殺される。

アンナのもとに、夫の遺品が密かに返された。「カティンの森」事件がソ連の仕業であるとの証拠を調べていた大学教授に、イェジが頼んでおいたからだ。
日記には、移送されてからの出来事が克明に記されていた…。


この衝撃的な事件は、第二次世界大戦終了後も、ソ連の支配下にあったポーランドでは調査されることもないまま、隠蔽されてきました。
しかしソ連崩壊後、ようやく調査が行なわれるようになり、ロシア政府も、「カティンの森」事件はソ連が行なったと認めました。ポーランドはロシアに対して謝罪と補償を求めていますが、ロシアは応じず、それでロシアとポーランドの関係は悪化しています。

そんな中、2010年4月10日に現地でおこなわれるポーランド主催の追悼式典に参加する予定だったポーランドのレフ・カチンスキ大統領ら多数の政府高官が、搭乗した政府専用機がスモレンスクの空港付近の森林地帯に墜落して死亡するという惨事が起きました。
そんなこともあって事件は新たな注目を集めましたが、ポーランドではまだ第2次世界大戦が終わっていないのだな、と思った出来事でした。

公式ホームページ:http://katyn-movie.com/pc/

三崎港ドライブ

今日は、三崎港までドライブに連れて行ってもらいました。

まぐろの加工品の産直センター「三崎フィッシャリーナ・ウォーフ(愛称「うらり」)」のところから出ている水中観光船「にじいろさかな」号に乗りました。

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半潜水式で、船の下の部分から水中をのぞけるつくりになっています。10分ほどいった沖でエサを撒くと、魚が沸いて出てきて面白かったですよ。魚も学習していて、エンジン音を聞いただけで近づいてくるそうです。


あとは、「うらり」でマドレーヌならぬ「マグレーヌ」や

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まぐろの兜焼きを模ったお菓子「銘菓 かぶと焼」を発見。

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どちらもまぐろのフレークが入っていて、面白い味でした。あんことまぐろを合わせる、という英断に拍手を送りたいです。

まぐろ工房 清月:http://www.e-seigetsu.jp/shopdetail/002000000004/

それから港楽亭で、「三崎まぐろラーメン」を食べました。


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9月に行なわれた「B―1グランプリin厚木(←B級ご当地グルメ選手権みたいなもの?)」で第5位だったそうです。
そぼろ状のまぐろのあんかけがかかっていておいしかったですよ。ラー油をかけるとおいしさ倍増です。


友人の車に乗せてもらったのですが、その人も「運転が苦手」と言っている人なので、二人して「こんなところに路駐しないでよ」とか、「いきなり出てこないでよ、危ないな」とぶつぶつ言いながらドライブしました。
夜ってほんとによく見えませんね。繁華街じゃないと、街灯も少なくて真っ暗。
今度、夜の時間の教習に申し込もうと思います。

手紡ぎ毛糸のニット帽

9月に買った、カシミヤ入り手紡ぎ毛糸で編んだ帽子が出来ました。

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6号で編んでいたのですが、減らし加減が上手くいかず、デコボコになってしまいました。
編み物の本に載っているのの大半は、10号だの12号だの太い糸で編むものばかりで、この細い糸の場合、初心者の私は何目ずつ減らしたらいいか見当つかないんですよね。それにストレートヤーンの作品ばかりだし。
あーでもない、こーでもないと何度も編みなおしましたが、でももう疲れたのでとりあえずこれで完成。
当初なわ編みを入れる予定でしたが、スラブ糸なので目立たないし面倒くさいので省略。

でもやっぱりカシミヤ入りはいいですね!柔らかくてあったかいです!
次はマフラーだ!

ベルリンのおみやげ:タウシェのバッグ「遊牧民」

ベルリン発のバッグのお店「Tausche」の本店は、ベルリンのプレンツラウアーベルク地区にあります。
小さなお店ですが、ひっきりなしにお客が来ていましたよ。壁いっぱいにフラップが掛かってました。

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ほんとは「真昼の泥棒」の替えのフラップを買うだけのつもりでしたが、もっと大きいサイズのも欲しかったので、「遊牧民」をゲット。日本で買うときの約2分の1くらいのお値段で買えました。
本体は黒で腰ベルト付き。荷物が重いと肩に食い込むから、これは助かる!

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フラップは、カーキ地にゴールドでジープの絵。

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白地にイチゴ。

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内側に取り外し可能なポケットがついています。

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小さなコインパースは友人へのおみやげ用に。

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日本ではまだ知名度ないけど、ベルリンでは大人気なんだな~。
そういえば、よく服を買いに行くお店のスタッフさんもタウシェのバッグを持っていることが判明。お互い、「自分のほかに持っている人初めて見た~」と驚きました。

タウシェのHP見ていたら、期間限定ショップのお知らせが。

「JR東京駅 丸の内地下北口改札外 動輪広場『グランサークル』にて。
連日20時まで営業。17日(水)最終日。 」

http://www.tausche.de/info_japan/Frameset_jp.html

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