『エーリヒ・ケストナー 謎を秘めた啓蒙家の生涯』感想
『エーリヒ・ケストナー 謎を秘めた啓蒙家の生涯』
スヴェン・ハヌシェク著/藤川 芳朗 訳
白水社 6825円 (本体価格6500円)
(日本において)エーリヒ・ケストナーと言えば、『エーミールと探偵たち』『飛ぶ教室』などで有名なドイツの児童文学作家、という程度の知識しかない人がほとんどだろう。ちょっと詳しい人なら、「ナチに抵抗した作家」と言われていることを知っているかもしれない。で、実際の彼はどうだったのか。
しかし公刊された母親との往復書簡や、第二次大戦末期を描く終戦日記『四五年を銘記せよ』はいろいろ作家自身によって修正が加えられており、真実を伝えるものとはなっていない。
そこで膨大な一次資料に直接当たり、これまで世に定着していた固定観念や思い込みを覆し、作家の実像に迫っていこうというのが本書である。
母親から異常なほどの期待をかけられ、それに応えた少年時代。大学に入って、新聞のコラムを書くことから始まった出版の世界への進出。ベルリンに出て、カバレットなどのナイトライフを楽しみ、数多くの女性と浮名を流すかたわら、児童文学を専門とする出版社の依頼で書いた『エーミールと探偵たち』がヒットして、一躍有名に。
ナチス時代は著書が燃やされ「執筆禁止」を申し渡されたが、国内に留まり「国内亡命者」となる。それでもゲッペルスの黙認のもと書かれた映画『ミュンヒハウゼン』の台本のほか、匿名で数多くの映画制作に携わった。
戦後は、文壇の大御所として政治的発言をしたり、若い作家たちの支援をしたりしていた。しかし晩年は、永年のパートナー、ルイーゼロッテ・エンデルレとのケストナーの隠し子を巡る諍い、それに書けなくなった苦悩のために酒に溺れるようになる。1974年、食道癌で死去。
・・・とかいつまんで書いてみましたが、実に波乱万丈な人生。
ケストナー自身は、ナチス時代もドイツに留まった理由を「後に国内で起こっていたことを記録するため」――しかしそれは書かれることはなかった――と言っていますが、1920年代の出来事なんかは、そのままこのころ花開いた「ワイマール文化」の資料としても興味深いです。
作家についてほとんど知識のない私でも楽しめました。現時点では間違いなく、ケストナー伝の決定版です。
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