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映画『アレクセイと泉』感想

『アレクセイと泉』を見に行ってきました。立ち見が出るほどの盛況で、原発問題についての関心の高さが窺われました。


「舞台は、ベラルーシ共和国の小さな農村ブジシチェ村。深い森を抜けると、静かで穏やかな人々の営みがある。
ここは、1986年に爆発事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所から北東に180キロ。政府によって移住勧告が出され、600人の住人のほとんどが村を去った。残ったのは、55人の年寄りと1人の青年アレクセイだけ。村の名前は地図からも消し去られた。
あの日を境に、村のすべてが放射能によって汚染されてしまった。長い年月人々が耕してきた大地も、そこに育つジャガイモも、キノコが採れる森の中も・・・。しかしそんなブジシチェ村の中心には、まるで奇跡のように、放射能が全く検出されない「泉」があった。」
(パンフレットより)


さて映画で描かれるのは、背景を知らなければ、ベラルーシの農村の日常そのものです。土を耕し、森にキノコを採りに行き、川に網を張って魚をとる。泉の水で洗濯し、糸を紡いで機を織る。お祝いの席で女たちは踊り、男たちは酔いつぶれる。

坂本龍一さんが音楽を担当していますが、正直「余計な音楽要らないな」というほど、自然の音が豊かで美しい。


わざとらしく植物にガイガーカウンターを向けたりするシーンはない。
でも。
「あの事故のあとでは・・・」なんて言葉が出てくるたびに、身が引き締まる思いがする。


力仕事を一気に引き受け、村に残った年寄りたちの生活を支えるアレクセイ。うつくしい人。まるで聖者のよう。

なぜ、アレクセイたちはこの放射能に高度に汚染された地に留まったのだろう。

「もしかしたら泉が僕を村にとどまらせたのかもしれない。泉の水が僕の体の中に流れ、僕を支えている。泉が、人々に故郷に帰るよう引き寄せているのだろう。」

今回の震災で被災された人々のことを考える。安全な場所に移るよりも、放射能に汚染されてても故郷へ帰ることを切望している人々。その人々にも「泉」があるのだ。田畑だったり、家族と暮らした家だったり・・・。

こうやって家でご飯を食べたりお風呂に入ったり、「当たり前のこと」と思っていたことが、なんと尊くかけがえのないことなのか・・・。


追記:
『ナージャの村』『アレクセイの泉』、追加上映が決定されたそうです。

◆ 5/7(土)~20(金)
13:00~『ナージャの村』
16:00~『アレクセイと泉』
◆5/21(土)~6/3(金)
13:00~『アレクセイと泉』
16:00~『ナージャの村』

http://www.mmjp.or.jp/pole2/

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