最近のトラックバック

« 韓国映画『アジョシ』感想 | トップページ | ベルリン動物園のパンダ「バオバオ」死亡 »

映画『9日目―ヒトラーに捧げる祈り―』感想

監督は映画『ブリキの太鼓』のフォルカー・シュレンドルフ。実話に基づく映画です。


ナチスによって収容所に送られたのは、ユダヤ人だけではなかった。
1942年、ルクセンブルクの神父、アンリ・クレマーはダッハウ収容所に収容されていた。聖職者はユダヤ人や他の収容者たちより多少待遇はよかったが、それでも死と隣り合わせの苛酷な状況だ。そんな中、クラマーは突然釈放される。

帰国すると、ゲシュタポのゲプハルト少尉が待ち構えていた。実は、ナチスへの協力を拒むルクセンブルクの大司教への橋渡しをするために、彼が神父を呼びよせたのだった。クレマーは有力な名家の出身で、大司教とも親しかった。
猶予は9日間、説得に成功すればダッハウにいる仲間の聖職者たちも釈放するという。

パリで抵抗運動を行い収容所に送られたクレマーは承服できず「私にユダになれと言うのか」と憤慨するのだが、ゲプハルトは「ユダなくしてイエスの予言の成就は無かった。ユダはイエスとともに世界を変えようとしたのだ」と揺さぶりをかける。

アウグスト・ディール演じるゲプハルトは、一時は聖職を目指していた人物で、ヒトラーのことを「世界を変えるために神が遣わした人物」であり、教会がナチスと協力することで神を冒涜するユダヤ人や共産主義者から世界を救うことが出来るのだ、と信じている。クラマーは収容所での体験から信仰を失いつつあるのに対し、ゲプハルトは信仰のためにナチスを信じている、この二人の対決が面白い。

自分の一言が多くの命を左右することを知っている大司教はクラマーに会おうともせず、刻限が一刻一刻と迫っていた。2度と収容所に戻りたくない。にもかかわらず、自分よりも衰弱した仲間に水を分けてやらなかったことで、結果死に追いやった記憶が彼を苦しめる。
最後には、クラマーは良心に従い、説得を放棄しダッハウに戻っていく道を選ぶ。

クラマー神父を演じたウルリッヒ・マティス、ちょっと独特の容貌をしているのですが、この人『ヒトラー~最期の12日間~』でゲッペルスを演った人なんですね!なんか見覚えがあると思ったわ。

邦題での副題が「ヒトラーに捧げる祈り」で、「ナチス物はみんな『ヒトラーの~』ってつければいいと思っているんだから・・・」とちょっと呆れましたが、ヒトラーの信奉者であるゲプハルト目線で見るならばこれもアリ、かもしれない。
それにパッケージもうそつきだな~。戦場が舞台じゃないし、ゲプハルトは親衛隊の黒の軍服着てなかったよ。

それはそうと上司に「説得に失敗したら、君は収容所勤務だ」って警告されていたゲプハルト、彼の「その後」が気になる・・・。

« 韓国映画『アジョシ』感想 | トップページ | ベルリン動物園のパンダ「バオバオ」死亡 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 韓国映画『アジョシ』感想 | トップページ | ベルリン動物園のパンダ「バオバオ」死亡 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ