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フェルディナント・フォン・シーラッハ著『コリーニ事件』感想

2001年、イタリア人の元自動車組立工コリーニが、ドイツ人で経済界の重鎮ハンス・マイヤーを殺害した。新米弁護士ライネンは事情もよくよく調べずに国選弁護人を買って出たが、被害者は親友の祖父で、ライネンにとって身内同様の男だったことが判明する。被害者の孫にして親友の姉、ライネンにとっては初恋の相手ヨハナにも責められるが、苦悩の上コリーニの弁護を引き受けることにする。
しかしコリーニは殺害動機について何も語らない。それでもコリーニの周辺を調べると、驚くべきことが明らかになった。

作者のフェルディナント・フォン・シーラッハは、ナチスの幹部だったバルドゥール・フォン・シーラッハの孫。
ナチス・ドイツが支配したあの時代、人々は何をしていたか、というテーマ。それにナチスの幹部の孫が取り組むという、問題作です。

親衛隊としてイタリアに赴いたハンス・マイヤーは、パルチザンだったコリーニの父を処刑した。
戦後コリーニはこれを告発したが、1968年10月1日、ある法律が施行されたことにより時効が成立し、コリーニはマイヤーを裁くことが出来なくなった。
今になって凶行に及んだのは、父親の死後引き取ってくれた叔父と叔母を悲しませないために、叔母が死ぬまで待っていたからだ。

問題の法律は、エドゥアルト・ドレーアー博士が起草した、秩序違反法に関する施行法。これによって、法の規定するところによって、謀殺犯はヒトラー、ヒムラー、ハイドリヒなどナチの最高指導部の人間だけに限られ、その他はただの協力者、幇助者ということになってしまいました。そして幇助者は故殺犯としてしか裁けなくなりましたが、故殺の場合時効は15年なので、時効が成立し、幇助者とみなされた犯罪者たちは無罪放免、ということになったわけです。

あの時代、無関係でいられた人はいなかったでしょう。大なり小なりナチスの体制に甘んじるしかなかったと思います。さもなくば自分の命が危なかったから。

しかし被害者にとっては、あまりにやりきれない話です。
自分の家族を殺した男が、時効が成立したといって、裁きも受けずにのうのうと生きていたら?
法律は人を守ってくれるはずのものなのに、何の助けにもならない。法が盾になって相手を守っているとしたら。
虚しさしか感じませんよね・・・。

ドイツでは、ナチ犯罪の時効の問題は長い間棚上げ状態になっていましたが、本書がきっかけで、2012年ナチの過去再検討委員会というのが立ち上がったそうです。
韓国映画『トガニ』もそうだったけど、世論が政治を動かしたといえますね。

物語の最後の方でヨハナはライネンに問います。「わたし、すべてを背負っていかないといけないのかしら。」
その答えは一概には言えないけれど・・・。
戦争責任と向き合うこと。それはあの当時のドイツ人だけじゃなくて、現在に生きる我々にも課せられた課題ともいえます。

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