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久良岐能舞台

横浜市磯子区にある久良岐(くらき)能舞台は、能楽会専務理事の池内信嘉氏が囃子方育成のため、大正6(1917)年東京・日比谷に建てたものです。
その後、東京音楽学校(現在の東京芸術大学)邦楽科に寄贈されましたが、昭和39(1964)年、新たに能舞台が作られたため、この舞台は解体されました。
昭和40(1965)年に、能楽愛好家であった宮越賢治氏が譲り受け、この地に移築・復元。昭和59(1984)年に宮越氏から横浜市に寄贈されました。

その久良岐能舞台の所蔵の能装束を、虫干しを兼ねて(?)年に1度公開展示をするそうなんですが、このたび装束付け実演があるというのを新聞記事で読んで行ってきました。

< 山門、庭園 >

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能装束についての講演もあり、今回のテーマは、小袖を中心とした能装束(主に文化財について)の修復についてでした。講演をして下さったのは、共立女子大学准教授の田中淑江先生。

会場に行くと、能舞台を中心に、所蔵の能装束がところ狭しと展示されていました。

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能というのは、時の権力者や上流社会に属する人たちに庇護されてきた芸術であり、それゆえ能を舞うことは、彼らの嗜みの一つでありました。大名たちは競って豪華な能装束を拵えてきたわけです。
実際に使用されていた、または経年劣化、後世において美術館・博物館での展示されたことなどの理由により、肩や裾がほつれてきて、ものによっては修復が必要となります。それを修復するのが、田中先生の仕事です。

先生が修復を手掛けたものの中から、修復の過程で、切り付け(アップリケに似た技法)されていた模様を、後世になって別の生地の上に張り直したというのが判明した事例についてお話がありました。

後半は、着付けの実演。宝生流のシテ方の能楽師の和久荘太郎さんと辰巳大二郎さんが、女性のモデルに着つけていかれました。

昔はシテ方(主役を演じる役者)専門の着付け師がいたそうですが、今は全部自分たちで着つけるとのこと。2,3人で行います。今回は二人で。

役柄によって、装束や着方が違うんだ、とか昔は糸で縫い付けていたけれど、それでは傷むのでひもを使って固定する方法が編み出されたんだ、とか、
袴の種類で「大口」というのがあるのですが、後ろの部分がえらく張り出しているな~、と前から思っていたのですが、その部分にはゴザが入っていて、さらに小さな三つ又みたいなものを使って形を作っていたなんてことがわかりました。

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<『羽衣』の天人はこんな感じで着付けるという>

最近、文化的な催しとは無縁でしたが、やっぱり伝統文化に触れるといいですね。
久しぶりに能や文楽を見に行きたいなぁ・・・。

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