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2019年1月

J.S.PANCAKE CAFEの「ベリーとフルーツのちょうちょのパンケーキ」

「はらぺこあおむし」コラボ、最後の一皿です。

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鮮やかに色付けしたパンケーキでちょうちょの翅を形作り、そこにたくさんのフルーツを散らし、
はらぺこあおむしが沢山の食べ物を食べ、ちょうちょに成長し羽ばたいていく様子を表現した、とのこと。
華やか~。
ピンクの翅には、ホイップとイチゴ、緑の翅にはカスタードとミカンが挟み込まれています。
こういうのって、気分がアガりますよね。
11月は焼きりんごのケーキで、あおむしがリンゴを食べおおきくなるところ、
12月はモンブランでさなぎ、
1月はちょうちょになるところ
と、ちゃんとストーリーに沿っていたんですね。今気がついた!

ドイツの流行語大賞 Wort des Jahres 2018

さーて、毎年恒例、ドイツ流行語大賞。(例によってうまく訳せていませんが・・・。)

Gesellschaft fur deutsche Sprache(GfdS:ドイツ語協会)ではその年に流行った言葉、「流行語大賞 (Wort des Jahres)」をリサーチし、その結果を“Der Sprachdienst”という雑誌に公表しています。

 

2017‟Jamaika-Aus”に続き、‟ Heißzeit (読み:ハイスツァイト)高温時代”が2018年の流行語大賞に選ばれました。

順位は以下の通り。

 

参照したGfdSのWort des Jahresのページ:

https://gfds.de/wort-des-jahres-2018/

 

1.Heißzeit (読み:ハイスツァイト)

今年の夏も異常気象と言えるほど暑い夏でした。このHeißzeit、直訳すれば「暑い時期」ですが、Eißzeit(アイスツァイト:氷河時代)に対応するような、気候の変動と捉えられています。日本語だとまだ適切な訳語がないみたいですが、「高温時代」「熱波時代」といったところでしょうか。

2.Funklochrepublik(読み:フンクロッホレプブリーク)

 Funkは「通信網」、lochは「穴」、republikは「共和国」、というわけで、モバイル通信網が貧弱なドイツを揶揄した言葉ですね。連邦議会選挙での争点にもなったし、新しい5Gモバイル規格が必要かどうかも議論の対象になりました。

3.Ankerzentren (読み:アンケルツェントレン)

移民問題に絡んだ用語で、Ankerと言っても船のアンカーではなくて、「»Ankunft, Entscheidung, Rückführung«, 到着→判定→強制送還」という手続きの頭文字をとったもの。そのために一時的に収容されるZentren(センター、施設)ということです。

4.Wir sind mehr (読み:ヴィーア ジント メーア)

ドイツ東部の街ケムニッツで起きたネオナチの暴動への抗議として、9月に反ネオナチ、反人種差別を掲げた無料のコンサートが開かれ、この小さな街に6万5千人もの人が訪れました。

5.strafbelobigt (読み:シュトラーフベロービヒト)

Straf は「罰」、belobigtは「表彰される」・・・相反するような単語がくっついていますが・・・。

ネオナチやテロ組織などの活動を監視するドイツの連邦憲法擁護庁長官でありながら、右翼寄りの姿勢や発言が問題視され、9月18日に更迭されたハンス=ゲオルク・マーセン氏。しかしながら次のポストが格上の内務省政務次官だったことから、「昇格人事」と世論が反発し、最終的には特別顧問という形で落ち着いたようです。

6.Pflegeroboter (読み:プフレーガーロボーター)

Pflegeは「介護」、Roboterは「ロボット」。ドイツでも介護労働者が不足しているということで介護ロボットの導入が叫ばれているようです。

それになんと、あの「ペッパー」君、ドイツで介護ロボットとして利用できるかどうかをハレの大学病院で検証中とのことです。

7.Diesel-Fahrverbot (読み:ディーゼル-ファーフェアボート)

「ディーゼル運転禁止」

昨年「ディーゼルサミット」を開き、クリーンなディーゼルエンジンの開発のために数百万ユーロを投入することに同意したのにもかかわらず、ドイツ国内のいくつかの都市では、EU内での二酸化窒素の排出規制をクリアするために、ディーゼル運転規制を採択しました。

8.Handelskrieg (読み:ハンデルスクリーク)

Handelsは「貿易」、kriegは「戦争」。貿易戦争。アメリカのトランプ大統領が、中国に対し鉄鋼とアルミ製品に追加関税を課したことを指します。

9.Brexit-Chaos (読み:ブレグジット-カオス)

Brexit(イギリスのEU離脱)をめぐりChaos(大混乱)が引き起こされています。

Brexit自体、Britain と Exitからなる造語ですが、

Brexiteers(brexit賛成派)やBregretter(Brexit反対派)なる派生語が生まれてきています。

10.die Mutter aller Probleme (読み:ディ ムッター アラー プロブレーメ)

ケムニッツでイラク人とシリア人がドイツ人を殺害しました。この事件を受けて反移民デモが発生したのですが、CSU所属の内務大臣のホルスト・ゼーホーファー氏が、「Migration移住はすべての問題の母」と発言しました。

日本語だと「母」より「根源」のほうがしっくりくるか。

移民問題がらみで、流行語大賞に4つもランクイン。それだけこの問題が大きな影響を及ぼしているってことなんですね。

江川卓著『謎とき 罪と罰』

ロシア文学者江川卓氏が、『罪と罰』に秘められた多くの秘密を解説。
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謎とき『罪と罰』 (新潮選書) [ 江川卓 ]
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この本があったからこそ、文庫本で2冊もある『罪と罰』を終わりまで読めたし、ロシア文学にハマるきっかけになった本。

観劇前に予備知識として読むもよし、観劇後に内容を深掘りするのに読むのもよし、です。



たとえば、
主人公の名、ロジオン・ロマーノヴィチ・ラスコリニコフの由来は?
「ロジオン」は洗礼名で、教会暦によると」ギリシャ語の「ロドン(薔薇)」に由来する。
「ロマーノヴィチ」は父称で、父親が「ロマーン」という名であったことを示す。
「ラスコリニコフ」は、17世紀にロシア正教会から分裂した「分離派(ラスコーリニキ)」に由来する。
これくらいならちょっと調べればわかること。謎解きの著者によれば、隠された意味があるという。
イニシャルが全部「R」となるが、ロシア語のR音は「P」で表されるから「PPP」。これを裏返すと、「666」、つまり悪魔の数字になるというのだ。
ドストエフスキーは、きっと「666」を意識して、主人公の名をつけたに違いない、と力説する。

また『罪と罰』のキーワードともいうべき「ラザロの復活」についても、こんな風に解説されている。
ラスコリニコフの母が自分の息子の下宿部屋について、「ここはお棺みたいだ」と評するが、
ここで使われる原語「グロープ」は、ラザロの復活のくだりでも使われている。
ラザロの墓の前に来たイエスがその姉妹マルタに、(墓をふさぐ)石を取り除けるように命じると、マルタは答えた。「主よ、もう臭くなっております。墓(グロープ)に入って4日ですから」
ラザロ=ラスコリニコフであり、ラスコリニコフが最後に「復活」することがここで暗示されている。

・・・という感じに豊富な知識と、ときにこじつけすれすれの推理力で、この作品に秘められた謎を解いていくわけですよ。
ね、わくわくするでしょ?読むしかないでしょ?
『白痴』や『カラマーゾフの兄弟』など他の「謎とき」シリーズも面白いのでぜひ読んでみてください。

シアターコクーン『罪と罰』感想

ドストエフスキーの大作『罪と罰』が、三浦春馬主演で舞台化。
「ロシア文学に燃えたこともある私がこれ見ないでどうするよ?」と鼻息荒く観てきました。
(まだ公演中なので、差しさわりのないところだけ書きます)

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舞台は、帝政ロシアの首都、夏のサンクトペテルブルク。
頭脳明晰な貧乏青年ラスコリニコフ(三浦春馬)は自分が「特別な人間」として、 「人類が救われ、その行為が必要ならば、法を犯す権利がある」という独自の理論を持っていた。
そして強欲で狡猾な質屋の老婆を殺害し、奪った金で世の中のために善行をしようと企てている。

そんな中、酒場で出会った酔っぱらいの退職官吏、その後妻カテリーナ(麻実れい)ら貧乏な家族を見ると質入れで得たお金をすべて渡してしまうのであった。
ついに殺害を決行するが偶然居合わせた老婆の妹まで手にかけてしまい、罪の意識、幻覚、自白の衝動に苦しむことになる。
そうして意識を失い数日間も寝込んだ彼を親友ラズミーヒン(松田慎也)が見守り、 結婚のため上京してきた妹ドゥーニャ(南沢奈央)と母プリヘーリヤ(立石涼子)も心配をする。
一方、老婆殺人事件を追う国家捜査官ポルフィーリ(勝村政信)はラスコリニコフを疑い心理的に追い詰めていき、 さらに謎の男スヴィドリガイロフ(山路和弘)の登場に翻弄されていく。
そして退職官吏の娘・娼婦ソーニャ(大島優子)の家族のためへの自己犠牲の生き方に心をうたれた彼は...
数々の普遍的なテーマに触れながら、 人間回復への強烈な願望を訴えたヒューマニズム大作!
(あらすじは公式ホームページから引用)


階段状になった舞台、ところどころガラクタのようなものが積み上げられています。
わらわらと人が出てきて音楽が始まったと思ったら、一人の人物が階段を駆け下りてきて、「僕は何だ?」それがラスコリニコフ。もう芝居が始まっていた!

休憩をはさんで前半と後半、前半はジェットコースターのような目まぐるしい展開で、後半はラスコリニコフを追いつめるポルフィーリィとの対決、といった心理劇とでもいうか。
あと面白かったのは、メインで芝居している人物の脇で誰かしら人がいて、
その人たちが扉とか机とか小道具とかを持ってきて、そこで場面転換→次の場面が始まるとか、
チェロとか伴奏する演奏者も舞台に乗っていて一緒に演技(?)しているとか、
そういう演出は初めて見ました。

ラストシーンは、ゴルゴダの丘に向かうキリストのようでした。
階段状の舞台は、このためにあったのかと思ったほど、神々しくて素晴らしかったですね。

舞台はラスコリニコフが自首してシベリア流刑に旅立つところまででしたが、

できれば改心するラストまでやってほしかった。それがこの小説のキモだと思うので。

席がほぼ天井に近い二階席だったので、役者さんの細かい表情とか動きとかは見えず。
でも緊迫したセリフ回しにグイグイ引き込まれましたね。
3時間半の長丁場、主人公はほとんど出ずっぱりでしたが、
あのテンションで演技し続けるの、本当にすごいです。
ポルフィーリィもよかった。

ついでに、小柄で華奢なソーニャに向かって話すときに、身体を二つに折りたたむかのように身を屈めるラスコリニコフに萌え。
身長差を調べたら、三浦さんが178cmで大島さんが152cmで、30cm近くあるのね。


ほんとうに久しぶりの観劇でしたが、もう一度観たいと思いました。

公式ホームページ:http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/19_crime/

ベルンハルト・シュリンク著『階段を下りる女』感想


語り手の「ぼく」はドイツ在住の弁護士。仕事のために訪れたシドニーのアートギャラリーで階段を下りる女の絵を発見する。

それは40年前、グントラッハという富豪の男が若い妻イレーネをモデルに描かせた絵で、後にイレーネは画家シュヴィントのもとに走る。
腹いせにグントラッハはその絵を傷つけてはシュヴィントに修復させる。そんなことの繰り返しに音を上げたシュヴントは、絵と引き換えにイレーネを返す契約に同意する。
イレーネに恋をした「ぼく」はそのことを彼女に教え、逃げる手伝いをする。一緒に逃げるつもりだったが、彼女は一人で消えてしまった――。


「ぼく」はドイツに帰らず、イレーネを探す。彼女がオーストラリアのある島で不法滞在していることが判明し、すぐその場所へ飛ぶが、彼女は「ぼく」が来たことは意外だったようで、「ぼく」のことはほとんど覚えていなかった。
イレーネはがんで余命いくばくもないことから、死ぬ前にグントラッハやシュヴィントに会うためにあの絵を展示した、と語った。
ほどなくして2人はやってきたが、彼らの興味はもはやイレーネにはなく、あの絵の所有権についてであり、すぐに2人は去っていった。
残されたイレーネは、「もし二人で逃げていたら、どんな人生だったか」という想像の話を「ぼく」にせがんだ。

そんなある日、近所で山火事が起こる。イレーネを乗せて「ぼく」は船で沖に出る。しかし目を離したすきにイレーネはまた消えてしまっていた――。


イレーネがグントラッハやシュヴィントのもとから逃げ出した理由は、「戦利品としての妻」や、「画家にとってのミューズ」という与えられた役割を生きるのではなく、自分自身の生を生きたかっただけ。
死を前に彼らに会おうと思ったのも、それを確認したかったから。
自分にも消えた理由を聞く権利があるとやってきた「ぼく」は、彼女にとってピエロでしかなかったかもしれない。
そんな二人が「もしも二人で逃げていたら」なんて話をするなんて、不毛以外の何物でもない。しかしそれが、少なくとも「ぼく」にとって「救い」になった。
イレーヌの死で、今度こそ彼女を永遠に失った「ぼく」は、今までの人生と決別することを決意する。まるでその作り話こそが、本当の彼の人生だというように。

美しいけれど、内容が薄いなぁ、と思いました。
自分勝手に生きてきた女が、未練たらたらの男を利用しただけ、と言ってしまえば身もふたもないけど、男と女って、そんなもんかもしれないし。



ところで、
作者シュリンクは、ゲルハルト・リヒターの「エマ、階段を下りるヌード」にインスピレーションを受けてこの作品を書いたそうだ。

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ついでにシュヴィントは、「マルセル・デュシャンの『階段を下りる裸体』に対する反論として、この絵を描いた」と書かれている。

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階段を降りる裸体 No.2 / Nude Descending A Staircase, No. 2


「階段をおりる」ことは、夢占いだと、過去に戻りたいとか心身の不調を表していることが多いらしいのですが、

この作品も、「あのときああしていれば」という想いが、主題なんでしょうね。

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