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2020年2月

「湯布院 ジャズとようかん」のジャズ羊羹chocolat と 抹茶ショコラ

先日池袋に行きましたら、西武百貨店のバレンタイン催事場に、「湯布院 ジャズとようかん」が出店してました。

1棹が約2,500円で、決してお安くはないけれど、ゴディヴァだって1粒300円くらい平気でするし、ここはためらいもなくゲット。


ハートの箔押しのパッケージは、このイベント限定だそうです。


上が鍵盤仕様になっているっていうだけでもおしゃれなのに、中にドライフルーツが入っているというね!

冬季限定のchocolatは、白あんにクーベルチュールチョコレートを贅沢に練りこんだ贅沢な一品。

食感は、ようかんというより、かためのチョコレートムースって感じ。 

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抹茶ショコラは、鍵盤部分がチョコレート餡で、土台(?)は抹茶羊羹。こちらは大粒の大納言小豆がアクセント。

あっさりとした甘さで、私はこちらのほうが好みでした。

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通販で購入できますので、このおいしさを体験してみたい方はぜひ。


http://www.jazz-youkan.com/fs/creeks/c/jazzyoukan

toolboxの古材の洗面ミラー

玄関の下駄箱の上に置く鏡を探してたところ、好みのものが見つかったので、さっそくポチってみました。

 

サイズとか重量はちゃんとサイトに書いてあるのに、届いたときに「え、こんな大きくて重いの?」と驚いてしまったのは、よくあることですよね(笑)。

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フレームに古材を使ったヴィンテージ感あふれる一品。どうです、この存在感。


これから観葉植物とか謎のオブジェとか置いて、憧れのBOHOスタイルに・・・とすでに妄想が膨らんでいるところです。


toolboxさまは、インテリアショップというより、リノベーションを手掛ける建築屋さんみたいなところで、オンラインストアでDIYしたい人向けに、内装用の建材とか照明器具とかの商品を販売しています。

リフォームする予定はないけど、見ているだけで夢が膨らむのでお気に入りのサイトです。

購入ページはこちら:https://www.r-toolbox.jp/product/257/

 

 

映画「ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち」感想

1939年、ナチス・ドイツの魔の手が迫るチェコからユダヤ人の子どもを脱出させた、「キンダートランスポート(子どもの移送)」を決行したニコラス・ウィントン。その中心となった人物は長らく忘れ去られていたが、1988年、当時の記録が発見され再注目された。
この映画は、ウィントンと彼に助けられた子どもたちのインタヴューを中心にした、感動のドキュメンタリーです。


 


1938年、イギリスのビジネスマンのウィントンは、一緒にスイスにスキーに行くはずだった知人に「チェコの難民支援活動が忙しくて行けない」と言われたことから、自身もプラハに飛ぶ。

裕福なイギリス人が来たという噂は瞬く間に広まり、「せめて子どもだけでも逃げして」と、多くのユダヤ人が宿泊しているホテルに詰めかけた。
ウィントンは、あらゆる国に支援要請の手紙をだしたが、受け入れを認めてくれたのは、彼の母国イギリスだけだった。

ウィントンは救援委員会を立ち上げて、新聞広告を出しての里親募集など、受け入れに必要な手配をした。そして1939年、最初の移送が行われた。プラハを出発してドイツを横切り、オランダのフーク・ヴァン・ホラント港から船に乗り北海を渡ってイギリスへ。リヴァプール・ストリート駅で、子供たちは里親と引き合わされた。

戦後ウィントンは、子供たちと連絡をとることはせず、移送に関わったことすら伏せていた。子どもたちも、恩人の名すら知らなかった。

家の屋根裏部屋に忘れ去られたように置いてあった記録や写真に気づいたのは、妻のグレタだった。彼女はそれをあちこちに持ち込み、それに興味を持った歴史学者のE・マクスウェルが名簿に載っていた全員に手紙を送ったところ、約250人から返事があった。そしてついに1988年、BBCにより特集番組が作られ、「キンダートランスポート」について50年ぶりに世に知られるようになったのだ。

番組により再会した子どもたちとの交流はその後も続き、2009年には当時と同じルートをたどる列車の旅も企画された。

映画では、ウィントンの行動に感銘を受けた、現代の学生や児童などのボランティアの取り組みも紹介されている。

 

ゼーバルトの『アウステルリッツ』でキンダートランスポートのことを知りましたが、一人の若い資産家が、まるで成り行きのようにーーと言ったら語弊があるがーー始めた活動だったとは初めて知りました。

フェンシングやスキーを愛する29歳の若者が、現状を目の当たりにし、「困っている人がいるから助けなきゃ」と、ただそれだけの動機で立ち上がった。(映画はいろいろ端折っているのでそう見えているだけかもしれませんが。)

救援委員会といっても彼とその秘書だけ、オフィスは自宅、いつ開戦してもおかしくないという状況下で、700人もの子どもたちをすみやかに国外脱出させ、里親希望の家庭には人をやって調査させて、信用のおける家庭にしか許可しなかったとか、子どもたちのことも考えてあげる徹底ぶり。

志だけでなく、よほど実務能力が高くないと実現できなかったと思います。

しかも戦後は子どもたちと連絡をとることもなく、関わったこともずっと伏せていた。普通なら美談として知れ渡っていてもおかしくないのに・・・。

こういうのが本当の博愛精神というか、「ノブレス・オブリージュ」っていうんでしょうね。

 

 

 

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