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長崎で買った本

「ペコロスの母」に学ぶ  ボケて幸せな生き方」岡野雄一著

「忘れることは悪いことばかりじゃない

ベストセラー『ペコロスの母に会いに行く』著者が勧める、認知症との付き合い方。認知症を過度に恐れ、「予防法」や「治療法」ばかりが取り上げられるが、著者はこう言う。「忘れることは悪いことばかりじゃない」。母親を介護した経験から、「いい思い出だけが残る」「本来の自分に戻れる」「穏やかに最期を迎えられる」といった、これまで語られてこなかった認知症のポジティブな側面を紹介。その上で、認知症の人やその家族に対して、「認知症は病気じゃない」「年取ったらボケるのは当たり前」「ボケをネタにすればいい」などなど、明るい認知症との付き合い方を伝授する。」(小学館ホームページより)

http://www.shogakukan.co.jp/books/detail/_isbn_9784098252275

長崎で、ふらりと入った書店で目立つところに置いてありました。

月刊誌「ながさきプレス」


長崎県全域を網羅するタウン誌なんですが、ほっこりインテリア雑誌系というかKu:nel系?という感じの、おしゃれな雑誌です。
カフェ「デモッソ・ノット・キーノ」も、この雑誌で紹介されたので行ってみました。

長崎に旅行に行く方は、サイトで最新情報をチェックするといいんじゃないでしょうか。

サイトもオシャレ:http://www.nagasaki-press.com/index.php

長崎は今日も雨だった⑧~長崎旅行・ホテル&グルメ~

長崎の旅レポートの締めくくりは、ホテル&グルメ情報です。

ホテル:ルークプラザホテル

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稲佐山中腹に位置するホテル。駅からかなりあるが(タクシーで1,100円)、平日は朝夕無料のシャトルバスが出ています。路線バスはあるけど・・・1時間に1~2本なのでないも同じ。

しかしだな!

夜景が素晴らしくよい!

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団体さんの都合で・・・とかで、部屋をグレードアップしてもらいました!なんてラッキーなんでしょう!ほんとにいいお部屋でしたね。


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グルメ編。

トルコライス:「銅八銭」


映画『ペコロスに母に会いに行く』のロケ地となった「銅八銭」で、長崎名物のトルコライスを。ランチで飲物がついて1,290円。アイスだと+50円。
トルコライスとは、トンカツ、カレーピラフ、スパゲティーを一つのお皿に盛った、「大人版お子様ランチ」。このお店ではさらにカレーのルーもかかっています。

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店の外には西洋の騎士の甲冑、店内はアンティークな家具や小物が所狭しと並べられ、不思議な雰囲気のお店でした。

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隣にタウン誌の出版社があります。もしかして作者の岡野雄一さんは、こちらにお勤めだったのかな?


ちゃんぽん:こちらはメジャーな長崎名物。眼鏡橋のそばの中華料理店「共楽」で。720円。

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カフェ:「デモッソ・ノット・キーノ」でガトーショコラ

イタリア語のように聞こえる不思議な店名は、「でもそのときの」をもじったものだとか。
喫茶と古道具、器を楽しめるお店です。

古ぼけたビルの1階であまりに古ぼけた・・・もとい、味のある扉のせいで、気が付かずに通り過ぎてしまいましたよ。

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ガトーショコラとコーヒーのセット。
器は、益子焼の作家さん・佐々木康弘さんのもの。
お冷のコップ(この写真には写っていないけど・・・)も、手作りのものなのか気泡が入っていてすごく風情がありましたね。

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喫煙OKなのでタバコを吸っている人がいたので、煙草の煙が苦手な私にはちょっとキツかったですね。それ以外は、雰囲気もおしゃれでよかったです。

千寿庵長崎屋の「長崎オマガリにゃまがし」 3個入 1000円(税抜)

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2014長崎スイーツコンテストで長崎市長賞を受賞した、なんとも愛らしい和菓子。長崎の猫は尾っぽが短かったり、曲がったりしてる猫が多くて、そんな「尾曲り」猫たちをモチーフにしています。

≪ 黒猫(いちじく)、三毛猫(みかん)、 白猫(いちご)の、超ラブリーな猫たち≫

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お取り寄せはやっていないときいてお店まで行ったのですが、ほんとに「商店街の一角にある普通の和菓子屋さん」って感じでした。


和菓子と言えば、長崎ではカステラを桃の形に切って上部を砂糖でコーティングした「桃カステラ」というのがあります。桃を縁起物とする中国の影響でしょうかね~。本来は桃の節句のころに出回るお菓子だそうなんですが、最近では年間を通じて売られているとか。千寿庵さんでついでにゲット!

≪桃カステラ。長時間持ち歩いたので、ちょっと形が歪んでしまった・・・。≫

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これも長崎の郷土料理の「ハトシ」

「ハトシ」は、「海老のすり身」などを「食パン」で挟み、油で揚げたものです。
ハトシは「蝦吐司」と書くと言われていますが、「蝦」が「海老」、「吐司」は「トースト」の意味なんだとか。

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屋台とかで買って歩きながら食べるのもよし。

長崎は今日も雨だった⑦~長崎旅行・出島~

さあ、お次は出島です。

寛永13年(1636)に築造された出島は、安政6年(1859)にオランダ商館が閉鎖されるまでの218年間に渡り、日本で唯一西欧に開かれた窓として、日本の近代化に大きな役割を果たしてきました。

現在、復元が進んでいる建物の時代設定は、商館長ブロムホフや商館医シーボルトたちが活躍した、19世紀初頭1820年代ごろだそうです。

西側ゲートから入場。かつての水門だそうです。
19世紀初頭の江戸時代から幕末開国後、明治へと時代をたどることができます。逆に東側ゲートだと時代を遡るわけですね。

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カピタン部屋。
オランダ商館長(カピタン)の事務所や住居として使用されていた出島で最も大きな建物。2階に当時の生活を再現した展示があります。

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和室には、天井まで壁紙が貼られています。日本家屋で壁紙を使うことは少ないから、この辺は西洋の感覚なのですね。

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ミニ出島。昭和51年に制作された、15分の1の模型。

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出島では着物のレンタルサービスを行っていて、出島の中を散策したり内外倶楽部というレストランでお茶したりできます。
そのまま出島の外へも出られるコースもあります。
着物、着たかったけど雨だったしね・・・。

しかし、せっかくの出島なのだから、着物もいいけど、やはりここはカピタン姿で!カピタンのコスプレができるとなおよかったと思います。

公式ホームページ:http://nagasakidejima.jp/

長崎は今日も雨だった⑥~長崎旅行・グラバー園~

「グラバー園」は、 国指定重要文化財のグラバー邸・リンガー邸・オルト邸を中心に、市内に点在していた6つの明治期の洋館を移築復元したものです。

上の方から攻略します。

≪旧三菱第2ドックハウス≫

ドックハウスとは、船が修理などのためにドックに停泊している間、船員たちが宿泊するための施設です。1896年(明治29年)に三菱の造船所内に建てられたものですが、1972年にこの場所に移築・復元されました。

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洋館群の中で一番高台にあるので、眺めがいいです。長崎港が一望できます。

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≪旧ウォーカー住宅≫

ウォーカー商会を設立したロバート・ネール・ウォーカーJrの旧邸。もとは大浦天主堂のそばに建てられていました。

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≪旧リンガー住宅≫

グラバー商会に勤め、後にホーム・リンガー商会を設立したフレデリック・リンガーの旧邸。

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≪旧オルト住宅≫

オルト商会を設立し、製茶業を営んでいたウィリアム・ジョン・オルトの旧邸。

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≪旧スチイル記念学校≫

スチイル記念学校は、当時アメリカのダッチ・レフォームド教会の外国伝道局長であったスチイル博士が、18歳で亡くなった息子のウィリアム・ヘンリーを記念するために寄贈した資金により開設された学校です。グラバー園への移築前は海星学園の寄宿舎として使用されていました。

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≪旧グラバー住宅≫

貿易商であり、グラバー商会を設立したトーマス・ブレーク・グラバーが住んでいた日本最古の木造洋風建築。
スコットランド出身のグラバーは1859年、弱冠21歳の時、開港と同時に長崎に来日し、グラバー商会を設立しました。造船、採炭、製茶などの貿易を通して日本の近代化に貢献しました。


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≪当時のメニューを再現。≫

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キリンビールの前身である、「ジャパン・ブルワリ・カンパニー」のビールのラベルには麒麟が描かれていますが、そのモデルとなった狛犬が邸内にいます。ラベルの麒麟の口元をよく見ると、グラバー氏と同じようなヒゲが・・・。

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このハートの形をしたストーンは、「カップルでこの石に手を重ねると幸せになれる」「この石に触れて願いごとをすれば恋が叶う」などと言われているとか。
もういい年のオバちゃんだけど、せっかくだから(?)撫でてきました。

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何か所かあるみたいで、この写真の石は旧グラバー邸のそばにありましたよ。


そしてお楽しみの!

レトロ写真館でのコスプレ(?)!

私が着たドレスは、グラバー氏が設立した、「ジャパン・ブルワリ・カンパニー」の宣伝ポスターのモデルが着た衣装と同じデザインだそうです。本来ならこの衣装で、園内を散策することもできるのですが、この日は雨だったので館内のみ。写真は、写真館の人が撮ってくれました。

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この写真を見た人から、「こういうのよく似合いますね」と言われました。嬉しいような可笑しいような・・・(笑)。

長崎は今日も雨だった⑤~長崎旅行・大浦天主堂~

浦上地区から、大浦天主堂やグラバー庭園がある大浦地区に移動します。

路面電車がですね~、3系統あるんですが、乗り継ぎが難しくて観光客には使いこなすのが難しい電車ですね。
観光客が起点とするのがだいたいJR長崎駅だろうと思うんですが、グラバー庭園に行くには築橋で乗り換えなきゃならないとか、「西浜町」が2つあって中華街に行くにはどちらで降りたらいいのか迷うとか、電停のホームが狭くて人が溢れお目当ての電車に乗れなかったりとか。

やっとこさ、電停「大浦天主堂下」にたどり着いたときには雨が降り始めました。

大浦天主堂は坂の上にあります。そこまでの道のりが江ノ島の参道を彷彿とさせる・・・。左右にお土産屋さんが軒を連ねているせいでしょうか。

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大浦天主堂は、1865年に宣教師プチジャン神父の指導のもと建てられました。当時は「フランス寺」と呼ばれたとか。1872年、信徒が増え手狭になったため、改築してゴシック様式の教会に生まれ変わりました。
しかし原爆投下により甚大な被害を受け、1952年、5年の歳月を費やして修復されました。

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内部は撮影禁止ですが、外陣(信者が座る場所)の部分は開放されています。

スピーカーから流れる解説によると、

1865年、落成したばかりの天主堂に農民らが訪れ、「サンタマリアのご像はどこか」と尋ねました。聖母子像を見て、「ああ、ほんとにマリア様だ。イエス様を抱いていらっしゃる」と喜んだそうです。彼らは、キリシタン禁教令に屈せず信仰を守り続けた隠れキリシタンだったのです。(禁止令が廃止されるのは、8年後の1873年です。)

200年もの鎖国、禁止令により「絶滅」していたと思われていた信徒を「発見」した。

その聖母子像は「信徒発見のサンタマリア」と呼ばれ、今も天主堂に安置されています。その「信徒発見」から今年で150年、様々な式典が行われる予定だとか。

「信徒発見」を祝してフランスから贈られた聖母像「日本之聖母像」が入口に座しています。

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長崎は今日も雨だった④~長崎旅行・浦上周辺~

長崎2日目。この日は、「ザ・長崎」な定番の観光名所を巡りました。午前中は曇りでした。

まず路面電車(長崎電気軌道)の松山電停(「駅」じゃなくて「電停」というのがレトロな雰囲気)を降りると、信号を渡った目の前に平和公園へのエスカレーターが見えます。

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上って少しいくと、あの「平和祈念像」があります。

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高さ9.7メートル、重さ30トン、青銅製。制作者は、長崎出身の彫刻家の北村西望(きたむら せいぼう)氏。
氏はこの像を、神の愛と仏の慈悲を象徴とし、天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者の冥福を祈る”という想いを込めたとのことです。

平和公園から浦上天主堂がよく見えます。

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浦上天主堂は1914年に建てられ、1925年には双塔が造られました。その高さ26m、東洋一の壮大さを誇っていました。

内部は見ることができますが、信者ではない人は奥まで入ることはできません。もちろん写真撮影も禁止です。

前庭に原爆で破損した聖人像。(おそらくキリストと聖母マリアと・・・頭を吹き飛ばされたのは、誰でしょうか。)

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足元に狛犬がいるのが何とも不思議。

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この日はこれから結婚式があったみたいで、新郎新婦が記念写真を撮ったりしていましたね。

それから、原爆資料館に移動。

爆心地に近かった浦上天主堂はほぼ全壊し、今ある建物は再建されたものですが、被災した当時の天使像やロザリオ、被爆した天主堂の側壁の再現模型などがこちらに展示されています。

そういえば長崎に原爆を落とされていたことはもちろん知っていましたが、「なぜ」なのかは知らなかったような気がする。

三菱の造船所や製鋼所、兵器工場が集まっていた場所だったからなんですね。

それと、空襲の被害をあまり受けていなくて、原爆の威力を調べるのに都合がよかったから、とも言われているようですね。

どのくらいの人が犠牲になったのかというと、1945年12月までで死者73,884人、負傷者74,909人と推定されています。

長崎に落とされた原子力爆弾の模型。通称「ファットマン」。

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以前、広島の原爆資料館で「展示が生々しすぎる、残酷すぎる」と話題になりましたが、それを配慮したのかどうかわかりませんが、それほどショッキングが展示はありませんでした。

原爆資料館では、戦後の核兵器の状況についての展示や問題提起などを通して、核兵器のない世界をめざしてします。

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長崎は今日も雨だった③~長崎旅行・長崎ランタンフェスティバルその2~

長崎2日目。午前中は辛うじてもっていた雨も、パレード開始の直前になって降り始めました。

「清朝時代のお正月に皇帝・皇后がそろって町中に出かけ、民衆と一緒に新しい年を祝う様子をイメージして創作したパレード。皇帝・皇后の御輿を中心に、旗隊や槍隊など総勢約150名が豪華な中国衣装を身にまとってパレードします。」(長崎ランタンフェスティバル公式ホームページより)

パレードのスタート地点の中央公園の近くに陣取って待っていました。

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パレードに参加しているのは、地元の商店街の方々や小中学校の生徒さんたち。地域に密着しているお祭りなんだな~。

この日の皇帝役の、長崎市出身の元プロ野球選手・下柳 剛さん

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皇后役には2014年度ロマン長崎(←観光親善大使だそうです。)の岩永 明佳さん

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フェスティバルのオリジナルグッズも買いましたよ。中国で縁起が良いと言われているものをモチーフにしたストラップです。
上から象、逆さ福、龍のモチーフです。

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象は、幸運を呼ぶ神聖な動物とされ、開運・仕事・学業の成功をもたらす。鼻を高々と上げているほど縁起が良いとされています。

「逆さ福」の由来の一つは、福は自由奔放なので、逃がしたくなければ逆さにしてそこに留めておくという説。
もう一つは、中国で「到」と「倒」の発音が同じ「タオ」なので、古来から福の字を逆さにすることで「福が来る」という説もあります。

そして龍は、風水では最高の幸運のシンボルとされ、願望成就、出世運を高め運気を上昇させます。
(長崎ランタンフェスティバル公式ホームページより)

・・・こうして並べると、なんかやけに攻めている感じがしますね。「運がよくなるといいな~」って感じで選んだのですが。

長崎は今日も雨だった②~長崎旅行・長崎ランタンフェスティバル編~

ランタンフェスティバルの主な会場は、長崎新地中華街近くの湊公園、中央公園、観光通りアーケード街付近です。
『ペコロス』の映画にも出てきた眼鏡橋を見るべく、観光通り向かいました。

このランタンフェスティバルは、
「長崎新地中華街の人たちが、街の振興のために、中国の旧正月(春節)を祝うための行事として始めたもので、もともと「春節祭」として長崎新地中華街を中心に行なわれていましたが、平成6年から規模を拡大し、長崎の冬を彩る一大風物詩となりました。
 期間中は、長崎新地中華街はもとより、浜市・観光通りアーケードなどの市内中心部に、約1万5千個にも及ぶランタン(中国提灯)が飾られ、湊公園をはじめ各会場には、大型オブジェが所狭しと飾られます。」(公式ホームページより)

5時ごろには点燈するのですが、まだ全然日が暮れていないのです。

あれー、うちの方(関東)じゃ5時には真っ暗だよ?

九州と関東で時差があると知った瞬間でした。

アーケード街にはいろいろなランタンオブジェが飾られてましたね。

「馬上関羽」

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二人の女性戦士?

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さて、6時半ごろになってようやく暗くなってきたところで念願の眼鏡橋。
ですが、激しくピンボケ・・・。

黄色いランタンが河の上にいくつもかかっています。

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「金牛」丑(うし)のオブジェ

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中華街に移動します。こちらのランタンは桃色でした。(写真ではよくわからないけど・・・)

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「天馬奔騰(テンマベンテン)」午(ウマ)のオブジェ

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中華街の中。

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湊公園会場。会場では二胡のパフォ―マンスが行われていました。

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今年のメインオブジェ「九陽(羊)啓泰(きゅうようけいたい)」

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「群れをなす羊は、家族の安泰を示し末永く平和に暮らすことを意味しています。
 九は多いという意味で、陽は太陽のことです。
 「羊」は古代の「祥」の字でもあるので、縁起も良い「九陽啓泰」は九の太陽が世をあまねく照らし、吉祥の光で万事重い通りになるという意味です。」(長崎ランタンフェスティバル公式ホームページより引用)

長崎は今日も雨だった①~長崎旅行・軍艦島編~

映画『ペコロスの母に会いに行く』に出てくる「長崎ランタンフェスティバル」を見に、長崎に行ってきました。

ランタンが燈るのは夕方だし、長崎に着いた日の午後は、軍艦島クルーズに参加しました。

『軍艦島』は長崎港の南西約19キロにある周囲約1.2キロの島で、正式には「端島」と言います。
戦艦「土佐」に島影が似ていることからそう呼ばれるようになったと言われています。
かつては炭鉱の町として栄えましたが、時代の流れとともに1974年に閉山。軍艦島は伝説を残したまま無人島となりました。
日本で最初の鉄筋コンクリートのアパートが建てられ、テレビの普及率も、全国平均が20%の時代に、ほぼ全家庭が持っていたという、最先端の街だったのです。

常盤ターミナルの桟橋から出発。船名は「マーキュリー」というそうです。

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その昔、仕事でよく軍艦島を訪れたというガイドさんがガイドしてくれます。

長崎港内。ジャイアント・ カンチレバークレーン。1909年に導入された日本初の電動クレーンで、驚くことに今も現役。

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軍艦。173は護衛艦の「こんごう」、115は同「あきづき」。
この週末、「きりさめ」の一般公開などもやっていたようですね。

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海の状況や気象条件がよくないと上陸できないこともあるそうで(年間で3分の1くらいしか上陸できないらしい)、上陸で来てラッキー!しかも青空!

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崩落の危険性があるため、見学場所は決められていますが、それでも十分廃墟を堪能(?)できます。

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事務所棟。ここから地下に潜って、勤務が終わるとここに戻ってきて、お風呂に入ったそうです。
青い空にレンガの赤、灯台の白が映えて。灯台の隣の四角い建物は、貯水タンクだそうです。当初は海水を真水に変えていたけど、後には給水船で運んでくるようになり、最終的には海底に給水のための線を敷設したそうです。

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1916年(大正5年)に建てられた、日本で最初の鉄筋コンクリート造の集合住宅「30号棟」。

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「軍艦島」の何が人々を惹きつけるかというと、やはり同じ廃墟でもローマ時代とかあまりに昔のものだと、人々の生活が浮かんでこない。しかしここはたった40年前。放置された建物や瓦礫などから、人々の営みが生々しく想像できて、「盛者必衰の理をあらわす」というところに「もののあわれ」を感じるからなのでしょうね。
その点で、廃墟の中の廃墟、「キング・オブ・廃墟」と言えましょう。(←おいおい)

「007」に出てくる場所のモデルになったり、また、実写版映画『進撃の巨人』のロケ地にもなったとのことで、封切が楽しみ、とガイドさんも言ってましたね。


上陸体験のあとは、島の周りを一周して、中に入れなかった区域を外から見ます。

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≪軍艦≫の先頭部分。

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軍艦島の全容。

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「廃墟」が観光資源になるなんて、私も含めて物好きが多いということなんでしょうけど、この島の歴史、ここに人の営みがあったことを後世に語り継いでいきたいという、ガイドさんたちの
意気込みが感じられました。




クルーズの予約はホームページから。:

http://www.gunkanjima-concierge.com/index.html

烏賊とクリスマス~函館・冬編~⑤おまけ

おまけ①羽田空港のクリスマスツリー

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おまけ②函館空港のクリスマスツリー

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おまけ③函館旧公会堂でのハイカラ衣装

またやらかしてきました。だって楽しいんだも~ん。

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おまけ④イカール星神社

朝市の中にあります。おみくじを引いたら、大吉でした!

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おまけ⑤ 機内販売のSABONのボディケアセット

シャンプー・コンディショナー・シャワージェル・ボディクリーム・拭き取り用シートが入ったトラベルセット。香りはパチョリ・ラベンダー・ヴァニラ。

まだボディクリームしか使っていませんが、甘い香りに癒されます。

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