映画・テレビ

DVD『宮廷画家ゴヤは見た』感想

18世紀末のスペイン。宮廷画家でありながら、権力批判と社会風刺に富んだ作品も精力的に制作し続けるゴヤ。
彼に肖像画を依頼した、異端審問を強硬するカトリック教会の神父ロレンソは、ゴヤのアトリエで裕福な商人の娘で、天使のように美しいイネスの肖像画に目を留める。
居酒屋で豚肉を食べなかったという理由でユダヤ教徒と疑われ、イネスは異端審問所に捕らえられる。
彼女を救ってほしいとゴヤに頼まれたロレンソは、拷問を受け牢に繋がれたイネスに面会する。
イネスの家族は多額の寄付と引き換えに彼女の釈放を願うが、すでにイネスは拷問に耐えかねて嘘の告白をしており、釈放は認められなかった。業を煮やした家族はロレンソを痛めつけて、「自分は猿だ」という書類にサインさせる。娘が戻らなければこれを公表するといって・・・。
ロレンソは行方を絶った。
ときに1793年。フランスでは革命が起こり、国王ルイ16世が断頭台に消えた。

それから15年後。革命後に台頭したナポレオンは絶頂期を迎え、スペインの内紛にも介入し、自分の兄をスペイン国王に据えた。
ゴヤは耳が聞こえなくなっていたが、「自由・平等・博愛」を掲げたフランス軍が、民衆に対して暴虐の限りを尽くすのをその目で見、作品に残した。

支配者フランス側の責任者として現れたのは、ロレンソ神父だった。出奔後フランスに逃れたロレンソは革命思想を受け入れ、手の平を返すように今度は教会を弾圧した。
異端審問所が廃止され、イネスも釈放された。しかし15年の歳月は彼女の若さと美しさを奪っていた。そんなイネスの口から、ゴヤは彼女がロレンソの子を産んだことを聞かされる。
真相を確かめようと、イネスと共にロレンソを訪ねたゴヤだったが、ロレンソは彼女を精神病院に追いやってしまう。

子どもの行方を調査したロレンソは、アリシアという娼婦がそれだと知る。アリシアもろとも娼婦たちを取り締まってアメリカに追放しようとしたとき、イギリスがスペインに進軍、国王も逃げ出したという知らせが入る。
ロレンソも家族と共に逃げ出そうとしたが、教会を支持する村人らに捕らえられ、今度は彼が裁判にかけられる。改悛を迫られても応じなかった彼は、群衆が見守る中で処刑される。その中に、正気を失ったイネスと、イギリス軍将校のそばに侍るアリシア、そしてゴヤがいた。

最初、神父が異端の娘をかばって・・・という話だと思っていましたが、全然違いましたね!ゴヤを語り部とした、スペイン版大河ドラマでした。ゴヤと愛人関係にあったアルバ公爵夫人とか、「マハ」の話もなかったし。
時代は18世紀末~19世紀初頭。フランス革命と同時期、スペインではあんな異端審問がまかりとおっていたなんて。
ミロス・フォアマン監督は、この時代のスペインが、当時共産主義社会だった自分の国チェコと似ていると思って、この映画のアイデアを思いついたそうです。この時代を描くのに、風刺画を描いたゴヤがうってつけと考えたとか。

姑息な神父ロレンソを、ハビエル・バルデムが怪演。「拷問されたとしても、神が耐える力を与えてくれる」と言っていたのにあっさり暴力に屈したり、自分を頼る無垢な少女を欲望の餌食にしたり、異端とみなした革命思想に、何のためらいもなく鞍替えしたり、いけ好かない男ですが実に説得力があります。
でもこの人、こんなブヨブヨした人だったっけ?と一瞬ショックを受けました。私のバルデム像は『夜になる前に』で止まっていました(笑)。
ゴヤがロレンソの肖像画を描いているシーンで、「手を描くと追加料金」と言われて手を上着の下に引っ込めたのが笑えました。

公式サイトhttp://www.goya-mita.com/flash.html

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DVD『キャラメル』感想

レバノン・ベイルートの小さなエステサロンに集う5人の女性たち。
不倫の恋に悩み、親に嘘をついていることに罪悪感を持つオーナーのラヤール。
婚約者に過去を打ち明けられないイスラム教徒のニスリン。
長い髪の美しい顧客に心惹かれるリマ。
サロンの常連ジャマルは、オーディションを受け続けるが上手くいかず、年を重ねる自分を受け入れられない。
そしてサロンの向かいに住むローズは認知症の姉を抱え、すでに自分の人生を諦めていた・・・。

ベイルートにもエステサロンがあるんだ~。女性の「美しくなりたい」という願望は全世界共通ですね。
向こうでは、キャラメルを脱毛に使うんですね。タイトルは、「おいしい砂糖でも人を焦がして痛めつけてしまうことを表している」そうです。キャラメルのように、甘くてほろ苦い映画でした。

中近東の国なので服装にも厳しいと思いきや、女性も肌を出して歩いていて、開けているな~、というのが印象。戦争の傷痕もあまり感じられなかったし。フランス語を喋っているのも初めて知りました。
でも女性たちは今でも昔からのしきたりや周囲の目に縛られている、というのがテーマのようでした。

主人公ラヤールを演じる女優さんがペネロペ・クルスばりの美女。しかも脚本・監督もこの人だというからびっくり。天は二物を与えるものなのね。
監督以外はみな素人ということですが、そうとは思えないほどきれいな人たちで、自然な演技でした。

リマが心惹かれる女性は、最後に念願のショートカットにするのですが、その輝く笑顔は、「自分らしく生きるために思い切って最初の一歩を踏み出そうよ」という女性たちへのメッセージなのでしょう。

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ドイツ映画祭2009『ソウル・キッチン』感想

10月14日(水)にハンブルクで行われた、サッカーワールドカップ2010年大会予選、ドイツ対フィンランド戦。結果は1:1で引き分けでした。ちなみにゴールを決めたのは、ポドルスキ。

さて、新宿バルト9で開催中の「ドイツ映画祭2009」、そのうちのファティ・アキンFatih Akin監督作品『ソウル・キッチンSoul Kitchen』を見てきました。

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≪会場に貼られていたポスター。レコードジャケット風≫

ハンブルクの下町で流行らないレストランを営むギリシャ系のジノス。腕は良いが変人のコックを雇い、バンドに生演奏をさせたところ、若者に大人気。
上海にいる恋人ナディーンのもとに行こうと店の経営を弟に任せたが、店は弟の借金のカタに取られてしまう。そのうえ、祖母の葬儀のため急遽帰国したナディーンの隣には中国人の男がいた。
ぎっくり腰を患い、店は取られ、恋人に心変わりされる。八方塞のジノスはどうなるのか・・・!?

『愛より速く』『そして、私たちは愛に帰る』など、深刻なテーマを扱った作品からうって変わって、文句なしに楽しいコメディを撮ったファティ・アキン監督。

ぎっくり腰のために、いつでもどこでも(ディスコでも)腰痛体操を始めるジノス、仮出所中なのに賭けに目のない弟イリアス、包丁をナイフのように投げつけるさすらいの料理人シェイン、ジノスの店に居候している老人など、一癖も二癖もある人物ばかり。でも最後は、ハッピーエンド。

タイトルの『ソウル・キッチン』は、ジノスの店の名前ですが、「ソウル・フード」という言葉があるように、魂に訴えるような、思い出と結びつくような料理、その料理をつくる場所=キッチンを意味しているとのこと(←うろ覚えですが・・・)です。
この映画は、アキン監督の中では「郷土映画」という位置づけであり、生まれ育ったハンブルクへの「愛」がこもっています。倉庫街から見る港の風景、すごく好き。
私はハンブルクは、乗換えで1泊したことがあるだけなので、今度行って見てみたいな~、と思いました。

上映終了後は、来日ゲストによるQ&A。主人公ジノス役のアダム・ボウスドウコスさんと、プロデューサーのクラウス・メックさんです。
『ソウル・キッチン』は本国ドイツではクリスマスの頃に公開予定だそうで、日本の我々が一足先に見たというわけ。

撮影裏話をひとつ。
ナディーンの祖母を演じたのは、モニカ・ブライプトロイ。『4分間のピアニスト』の老ピアノ教師などを演じたドイツの国民的女優にして、ジノスの弟イリアス役のモーリッツ・ブライプトロイの母。彼女は以前から病気を患っており、撮影後に亡くなったそうです。「(祖母の)埋葬のシーンについて、関係者は、そして息子のモーリッツはどう考えているのか。」という質問が出ました。
祖母の葬儀については、ナディーンが仕事をおいて帰ってくる理由として必要不可欠なエピソードだったこと。このシーンを残すかどうかは、モーリッツも交えて話し合ったが、彼女なら残せというだろうという結論に達した、ということでした。

インタヴュー終了後、お二人はロビーでサインをしたりご挨拶したりしていました。

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≪左:プロデューサーのメックさん、右:ボウスドウコスさん≫

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ドイツ映画祭2009開催のお知らせ

10月10日(土)にモスクワにて行われた、サッカーワールドカップ2010大会予選、ドイツ対ロシア。ドイツ側に一人退場者がいたにもかかわらず、クローゼがゴールを決めて1対0でドイツの勝ち
ドイツは南アフリカで行われる本戦進出を決めました!
あとは14日のフィンランド戦を残すのみです。

さて、新宿バルト9で、今年も「ドイツ映画祭」が開催されます。(10月15(木)~18日(日))

アカデミー賞外国語映画賞に輝いた『名もなきアフリカの地で』(2001)以来、7年ぶりにカロリーヌ・リンクが発表した『冬の贈りもの』、ファティ・アキンのベネチア映画祭で審査員特別賞を受けたばかりの『SOUL KITCHEN』など、新作がやってきます。

また、ドイツもしくは〈ドイツの歴史〉を楽しめる作品もあります。『ドイツ2009』は、〈ベルリンの壁崩壊〉20周年を期に、13人のトップ監督が集結して〈現在のドイツ〉像を多面的に浮かび上がらせようとした意欲的な短編集です。

さらに、トーマス・マンの代表的長編小説を映画化した『ブッデンブローク家の人々』、これは見たいですね。

 そしてミュンヒェン映画・テレビ大学で学んだ日本人女性・宮山麻里枝監督作『赤い点』にも注目です。

特別上映として『ラン・ローラ・ラン』、『マーサの幸せレシピ』もやりますよ。

ドイツ映画祭2009公式ホームページ
http://www.germanfilmfest.jp/index.html

このほか、注目のドイツ関連の映画をピックアップしますと・・・。

ウェイブ

独裁政治を学ぶ体験授業をきっかけに洗脳されていく高校生たちの姿を描き、ドイツで大ヒットを記録した心理スリラー。
これ、去年のドイツ映画祭でやった作品ですね。

http://www.the-wave.jp

カティンの森

第二次世界大戦中、ソ連の秘密警察によってポーランド軍将校が虐殺された「カティンの森事件」を、ポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督が映画化した問題作。長い間明らかにされてこなかった同事件の真相を、ソ連の捕虜となった将校たちと、彼らの帰還を待ちわびる家族たちの姿を通して描く。

http://www.katyn-movie.com

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DVD『エグザイル/絆』感想

『インファナル・アフェア』のアンソニー・ウォンとフランシス・ンが出るというので見てみました。

中国への返還を間近に控えたマカオが舞台。

ボスを狙撃して逃亡していたウー。「帰る場所が欲しくて」妻子を連れてマカオに戻ってきた。
そのボスの命令でウーを殺しに来たブレイズとファット。
一方、ウーを守るために来たタイとキャット。
かつて仲間だった5人だが、今は立場を違えていた。
再会は銃撃戦となるが、赤ん坊の泣き声で銃を下ろす。ウーの妻子を交えて、昔のようにワイワイと夕食を楽しみ、記念写真を撮る。

妻子に金を遺したい、というウーのために、マカオのボス、キョンを殺る仕事を請け負う。
しかしキョンのいるレストランに、なぜかブレイズたちのボスが現れる。ウーをまだ殺していないことを知ると、ボスはブレイズの胸に銃弾を打ち込み、激しい銃撃戦が幕を開ける。
致命傷を負ったウーを、ヤミ医者に運び込むがそこにボスたちも駆け込んでくる。すんでのところで逃げ出すが、ウーは絶命していた。

組織から追われる身になったブレイズたちの行き先は、コインまかせ。
観音山までたどり着き、この日、金塊の輸送車が通りかかることを思い出すが、コインに従って断念する。しかし銃声に驚き行ってみると、別のグループが輸送車を襲っていた。横から奪い取り、一人生き残った軍人と共に逃走する。
この金で何をしよう、と盛り上がっているところに、ボスから電話が入る。
復讐を誓ったウーの妻が、銃を手に、赤ん坊を胸にブレイズたちを探し回っていたのだ。戻らなければ彼女たちの命はない。男たちはコインを投げ捨て、約束のホテルに向かった。

銃撃戦をやった次の瞬間に、笑い合って一緒に食卓を囲む。ほのぼのと殺伐が同居した映画ですね。脚本なし、代役なしの現場だったそうで、それであの見事な動きが出来たのは、アンソニー・ウォンら実力派の俳優ばかりだからですね。映像も抑制のきいたスタイリッシュな画面で、だからこそ「ほのぼの」の場面が余計切なくなるんだな。

金塊を輸送する軍人役の人が、飄々とした演技でいい味出してました。

公式サイト http://www.exile-kizuna.com/

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DVD『アラトリステ』感想

『イースタン・プロミス』のヴィゴ・モーテンセン主演の時代劇映画。ヴィゴが渋いです格好いいです。

13歳から己の腕だけを頼りに、死と背中合わせの戦場を生き抜いてきた剣士アラトリステ。戦死した友との誓いを守るため、彼の息子イアゴを引き取り従者とする。そんな折、「外国人の異端者二人を殺せ」という奇妙な依頼が舞い込む。アラトリステは、宮廷の謀略に巻き込まれていく。
戦場では傭兵として、平時には裏稼業をして生き抜き、時には共に戦う仲間たちさえ裏切ることも。秘密の恋人・マリアを国王に奪われ、自身も殺されかける。しかしすべてを胸に収め、アラトリステは再び激しい戦いに身を投じる。

17世紀、無敵艦隊をイギリスに撃破されて以来、権勢を失いつつあるスペインを舞台に、孤高の剣士アラトリステの愛と闘いの日々を描く。原作は、スペインの人気作家アルトゥーロ・ペレス=レベルテの同名小説。
アラトリステ自身は架空の人物ですが、フェリペ4世、その寵臣オリバーレス伯爵、(作中には登場しないが)ベラスケスやセルバンテスなど、実在の人物や歴史上の出来事と絡んで物語は展開します。

しかし1本の映画の中で5巻か6巻分のエピソードをメリハリなく消化していった、という感じなので、単調と言えば単調。主人公アラトリステも、剣士というわりには、剣技の見せ場があまりない。ヴィゴ・モーテンセンは格好よかったけど、冒険活劇を期待していたわけではないのですが、もうちょっとケレン味あってもいいよなあ・・・と思いました。

しかし、ベラスケスの絵画から抜け出してきたような構図や色遣いは、さすがヨーロッパ映画。

公式サイト http://www.alatriste.jp/

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DVD『つぐない』感想

第二次世界大戦前夜、イギリス。上流階級の娘で、作家を夢見る13歳のブライオニーは、歳の離れた姉セシーリアと使用人の息子で幼なじみのロビーが愛し合っている姿を目撃しショックを受ける。
その夜、少女が襲われるという事件が起きる。ブライオニーの嘘の証言によって逮捕されたは、ロビーだった。
4年後、刑務所から入隊したロビーは、北フランスのダンケルクで戦っていた。セシーリアは看護婦として働きながら、彼の帰りを待っていた。
18歳になったブライオニーは、進学せずに見習い看護婦として働いていた。ようやく犯した過ちの重さに気づき、姉に真実を告白しに行く。そこに居合わせたロビーにも謝罪し、真実を書くことを約束する。
その約束が果たされたのは、作家として名を成した老境になってからのことだった。

切り揃えたおかっぱ頭、曲がるときには直角に曲がる歩き方、何処か神経質そうな表情が、13歳の少女の潔癖さを表していました。70過ぎても同じ髪型だったのは、彼女の性格というより、あのときから彼女が前に進めずにいる、ということの暗示ではないかと思いました。

物語は、ブライオニーの視点、他の人の視点で交互に同じシーンを描いているので、「あ、実はこうだったんだ」と分かりやすくなっている反面、時系列がちょっと分かりにくい部分もありましたね。

ブライオニーの最後の作品となるはずの『つぐない』について、TV局からインタビューを受ける。告白のシーンは彼女の創作であることがわかります。
ブライオニーのやったことは、もちろん許されることではない。彼女はロビーに罵倒されたかった。しかし現実のロビーはダンケルクから帰る途中で還らぬ人となっていた。そして姉もまた同じ年に亡くなっていた。
戦争によって本人たちに償う機会が奪われた以上、引き裂かれたままの二人に幸せな日々を送りたかった、というのは作家である彼女なりの「つぐない」、いやエゴだったのであろう。

セックスのシーンとかロビーがセシーリアへの謝罪の手紙を書くシーンとかが長すぎると思いましたが、想像以上に重厚な作品でありました。
不安を掻き立てるようなピアノの旋律にタイプライターの音が重なるBGMが、とても印象的でした。

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映画『縞模様のパジャマの少年』感想

毎月15日は恵比寿ガーデンシネマ15周年ということで1,000円で見られました。

原作はアイルランド出身のジョン・ボインのベストセラー児童小説。去年の今ごろ、「イギリスでベストセラー」という新聞記事を読んだばかりだったので、もう映画化?とびっくりしました。

 8歳の少年ブルーノは、ナチス将校である父親の昇進に伴って、ベルリンから田舎に引っ越す。自宅近くにはフェンスに囲まれた「農場」があり、中の人々は縞模様のパジャマを着て働いていた。
ある日、遊ぶことを禁じられた森を抜けて「農場」のそばに行くと、同い年だと言う少年シュムエルと出会う。二人は有刺鉄線越しに友情を深めていく。
 
 ブルーノは毎日のように親の目を盗んでシュムエルの元に通うが、シュムエルがユダヤ人であり、「農場」と思っていたのが強制収容所で、昼でも着ている「パジャマ」が囚人服であることが分かってくる。ブルーノの父親は、善き家庭人であると同時に、この強制収容所の所長として「ユダヤ人虐殺」という任務を遂行していた。
 最初は夫の仕事に無関心を装っていた母親も、収容所で本当は何が行われているかを知るや、夫を非難する。ブルーノも、「パパは本当にいい人なの?」と不安を覚え始める。
父親は、妻子をここから離れさせることに決める。ブルーノは引越し当日に、シュムエルの元に向かい・・・。

途中でラストが分かってしまったのですが、「まさかそんな」と思い、でもやっぱりそのとおりだったので打ちのめされました。無邪気な思いつきが、こんな悲劇を引き起こそうとは・・・。

子どもの目線で話が進行するので、一見のどかな感じです。しかしブルーノが友達と飛行機ごっこで街を駆け抜けるのと同じ場面で、ゲットーからユダヤ人が連行されている、などさりげなく悲劇的な当時の状況も盛り込まれています。

人形遊びが好きなブルーノの姉が、若き将校に恋して、あっという間に「軍国少女」に変わってしまう。人形は地下の物置に放り込まれますが、裸に剥かれたおびただしい数の人形がうずたかく積まれているシーンは、ガス室で虐殺されたユダヤ人たちの最期を思い出さずにはいられません。

ブルーノ役の子が、印象的な青い瞳、折れそうなほど華奢な手足で、でも好奇心いっぱいの男の子を演じていてよかった。

この映画も英語作品ですが、あまり気になりませんでしたね。『愛をよむひと』は、出演者が有名なハリウッド女優だったり、主人公の名を英語読みしてたから余計気になったのかしら。

公式ホームページ http://www.movies.co.jp/pyjamas/flash.html

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映画『クヌート』感想

母親に育児放棄され、人間の手で育てられた、ベルリン動物園のホッキョクグマ(シロクマ)の赤ちゃん、クヌートの成長記録。その合間に、厳しい北極で生きるシロクマの母子と、ベラルーシの大地に生きる、母を人間に殺されたヒグマの兄妹を姿を追います。

Knut

≪写真は公式ホームページより≫

哺乳瓶でミルクを与えられるクヌート。その前足は、誰にも教えられていないのに、母の胸を探るように宙をかいています。
シロクマの繁殖はきわめて難しく、神経質な母熊が産んだ子を食べてしまうこともあるそうです。人工飼育となるとなおさら、成功するのは奇跡に近いと言われています。それを成し遂げたのが、
飼育係のトーマス・デルフラインさんを中心にしたベルリン動物園のスタッフ。トーマスさんは24時間泊り込みでクヌートの世話にあたったそうです。

トーマスさんに甘えて「笹鳴き(仔熊が安心しているときにする鳴き方)」するクヌート。
トーマスさんと一緒に泳ぐ練習。開園前の二人だけのお散歩。小さなクヌートの可愛さは
破壊的です。(今のオッサンくさい(笑)クヌートを知っているだけに余計に・・・)
トーマスさんが今はもうこの世にいないということが余計哀れを誘います。

クヌートは、このお散歩の途中で自分の両親に会ったんですね。シロクマ舎の前を通りかかると、自分の子と知ってか知らずか、父親のラース(オスはもともと子育てしないそうですが)、母親のトスカが近寄ってくる。ガラス越しの対面。クヌートは、ちょっと興味を示したけど、それだけ・・・って感じでした。

地球温暖化で絶滅の危機に晒されているシロクマに関心を向けてもらおうと、クヌートは連日メディアに登場しました。クヌートの名を冠した環境プロジェクトも出来たようです。
日本版の映画は、このクヌートの映画をきっかけに「環境保護」に興味を持ってもらおう、という目論見があって、そこのところを強調してますね。しかし映画自体は、北極の厳しくも美しい氷の世界、ベラルーシの美しい自然風景しか出てこないので、あまりその辺に考えが行かないかもしれない。
これなら『北極のナヌー』の方がよほど危機感が募ります。

あと、北極の母子とベラルーシのヒグマのエピソードの入れ方が中途半端。推測ですが、クヌートのエピソード(例:泳ぎの練習)に対応する場面がそれぞれあるのに、編集で短くカットしちゃったんじゃないかしら。少なくとも、そう思わせる展開でした。
ドイツ版の映画予告を見ても、サントラなんかもけっこうポップな感じでした。(日本版は叙情的な音楽が付いてましたが。)だから、オリジナルはもっと違った内容かもしれませんね。

ドイツの公式ホームページhttp://knut-und-seine-freunde.de/

画像や予告編がダウンロードできます。

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DVD『幻影師アイゼンハイム』感想

19世紀末ウィーンでは、大掛かりな奇術が一世を風靡していた。中でも絶大な人気を誇っていたのは、アイゼンハイムという名の幻影師。
ある日彼は舞台の上で、幼き日の恋人ソフィと再会する。公爵令嬢と家具職人の息子との身分違いの恋が成就するはずもなく、失意の少年は出奔し、15年後、幻影師としてウィーンに戻ってきたのだ。変わらぬ愛を確かめ合う二人。
ところがソフィは謎の死を遂げる。皇太子の婚約者と目されていた女性の死にウィーン中が沸き返る。そのさ中、アイゼンハイムは「降霊術」のイリュージョンを発表。そしてある日、ソフィの幻影が現れ…。

CGを駆使したイリュージョンはまあまあで、ソフィとの恋、皇太子のとった行動など、話の展開はある程度読めて、淡々と見てましたが、最後の最後でヤラレた!
騙されたことに気づいたウール警部とともに、観客も「そうだったのか!」と稀代のイリュージョンに喝采を送ることでしょう。映画はこうでなくちゃ。

皇太子への服従とアイゼンハイムへの好意との板ばさみに悩むウール警部、この俳優さんの表情が実にいいですね。

多少薄っぺらい感じもないわけではないのですが、100年前のウィーンの街並、衣装、重厚なインテリアが素晴らしいです。ロケはプラハで行われたそうですが、最初の方でアイゼンハイムのショーをやる劇場は、国立オペラ劇場ですね(たぶん)。プラハは空襲にあわなかったので、100年前の街並が今も残っている美しい街です。また行きたくなったなあ。

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映画『愛を読むひと』感想

ドイツの作家ベルンハルト・シュリンク『朗読者Der Vorleser』が原作のハリウッド映画。 

1958年、15歳のマイケルは21歳も年上のハンナと恋に落ちた。マイケルが本を読み聞かせ、セックスする。それは二人の習慣になっていった。しかしある日突然、ハンナは姿を消した。
1966年。法科の学生となっていたマイケルは、ナチ戦犯の裁判を傍聴しに行き、被告席に座っていたハンナを見て衝撃を受ける。
ハンナは戦時中、アウシュヴィッツで看守をしていたうちの一人だった。容疑は、囚人たちのうち誰を死なせるかという「選別」を行ったこと、囚人を護送中寝場所としていた教会が空襲で火事になったのにも拘らず、教会の鍵を開けずに300人のユダヤ人たちを焼死させたこと。その事件の報告書を書いたのは誰かを確かめるために筆跡を調べることとなったが、ハンナは名前を書くことを拒み、報告書を書いたのは自分だ、と言ってしまう。
マイケルには思い当たることがあった。――彼女は読み書きが出来ない!
そのことを裁判官に伝えれば、ハンナに有利になる。しかしそこまでして隠そうとした秘密を暴いていいのかと悩むが、結局何も告げられず、ハンナは無期懲役の判決を受ける。
1976年。離婚し一人娘も手放したマイケルは、獄中のハンナに本を朗読したテープを送り始めた。『オデッセイ』、『犬を連れた奥さん』・・・。あの頃の思い出の本を。ハンナはそれを聞きながら、読み書きを勉強する。ようやく覚えた字でマイケルに手紙を送るが、返事は来なかった。
20年後。ハンナの釈放が決まり、身元引受人を頼まれたマイケルは、初めて彼女に会いに行く。そして出所の日、迎えに行ったマイケルは、その朝ハンナが自殺したことを聞く。
ハンナの遺言に従い、マイケルは彼女の貯金を、あの事件の生き残りの女性に渡しに行く。

ハンナに朗読テープを送り続けたのは、多分同情?しかしそれがハンナに期待を持たせてしまったことに気づき、煩悶する。だから手紙の返事も書けなかったのだろう。
ハンナはやっと面会に来てくれたマイケルを見て、それが愛からではなく義務感からということに気づいてしまったため、誇り高い彼女は死を選ぶしかなかったのだろう。

恋愛物語の側面が前面に押し出されていて、一言でまとめれば、「ひと夏の恋を一生引きずった男の話」(←まとめすぎだ)になってしまうかな。
原作の、「戦争中、親たちの世代は何をしていたか」と問う次世代との葛藤の部分が薄められているのが残念。マイケルを演じたレイフ・ファインズが甘いマスクと雰囲気の上、マイケル自体が煮え切らない男なので、映画もなんか輪郭がぼやけたものに・・・。もちろん、戦争責任というテーマについてはデリケートな問題なので、上手く扱わないと映画自体崩壊する可能性もあるんだけれども。

ドイツ人の話なのに英語なのは百歩譲るとしても、「ミヒャエル・ベルクMichael Berg」が「マイケル・バーグ」とは・・・。人名はせめてドイツ語にして欲しかった。

でもケイト・ウィンスレットはさすがですね。最初、ケイトがハンナ役って聞いたときは、若すぎると思ったけど、30代から70代を演じわけて、結構貫禄もありましたね。しかし、字を書かざるをえない場面はいくらでもあったろうに、どうやって切り抜けてきたんだろう。
そのオスカー女優相手に、『クラバート』で主役をやったデイヴィッド・クロスが大奮闘。部屋に入るなりパンツを脱ぐって、少年、がっついているな~。
4分間のピアニスト』の女の子も、マイケルの娘役でちょろっと出てましたね。

それはそうと、日本版の平井賢のイメージソング、いらないよね。

公式サイト http://www.aiyomu.com/

ドイツ版の公式サイト http://dervorleser-film.de/ 

ドイツ語で吹き替えされた予告動画が見られます。

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コルネーリア・フンケ『魔法の声』感想

機内上映で見た日本未公開の映画「INKHEART」。原作は、ドイツで大人気の児童文学作家、コルネーリア・フンケの『Tintenherzティンテンヘルツ:インクハート』。日本では『魔法の声』という題名で、WAVE出版から出ています。
インクのように黒い心、「闇の心」を持った悪漢に立ち向かう12歳の女の子の物語です。

メギーは本の修繕を生業とする父モルティマ(モー)と二人暮し。母親の記憶はない。
ある日、「ホコリ指Staubfinger」と名乗る男が訪ねてきて、「あの本をカプリコーンに渡せ」と迫った。
翌日、逃げるように大叔母エリノアの家に行ったが、しかしモーはカプリコーンの一味に連れ去られてしまった。メギーはホコリ指の案内で、エリノアとともにカプリコーンの村へ向かう。
 実はモーは、本を朗読すると、物語の登場人物や物をこの世に呼び出すことが出来る魔法の声の持ち主だった。しかしそのかわりに現実世界のものが本の中に入ってしまうのだった。メギーが3歳のとき、『インクハート』という本を朗読していたときに、悪漢カプリコーン、その手下バスタ、火を吐く大道芸人のホコリ指を呼び出してしまった。そしてメギーの母テレサが本の中に送りこまれたのだった。
モーは妻を取り戻すため、ホコリ指は元の世界に返るため、カプリコーンは「あるもの」を呼び出すため、『インクハート』を求めていた。

カプリコーンが呼び出したいものとは、あらゆるものに死をもたらす<影>という不死の怪物。
メギーがモーの能力を受け継いでいることが判明すると、カプリコーンはメギーを着飾らせ、<影>を呼び出すための儀式を行うことにした。

なんやかんやあって、最後は母親とも再会してハッピーエンド。声を失った母親のために、自分で物語を書きたい!と願うところで第1部・完。そう、これは3部作なのです。
第2部が『
魔法の文字(原題Tintenblut(インクの血) 』(WAVE出版)、第3部が未訳で『Tintentod(インクの死)』。

映画では、カプリコーンの村を逃げ出すのに『オズの魔法使い』を朗読して竜巻を起こしたり、メギーが『インクハート』の内容を書き換えてピンチを脱したり、原作より派手な展開になってましたね。
エリノア演ずるヘレン・ミレン(『クイーン』でエリザベス女王を演じた女優)がバイクで疾走、かっこいいー!日本公開、するのかな・・・?

コルネーリア・フンケのサイト
http://www.corneliafunke.de/

映画『INKHEART』のサイト
www.inkheartmovie.com

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DVD『太陽』感想

日本の神々は「柱」と数える。それを知ったときふと思った。
ならば神に捧げられし「人柱」は、人であると同時に神なのではなかろうか。「あの御方」もまた、国の礎として神に捧げられた「人柱」であるがゆえに、「現人神」と言えるのではなかろうか、と。

闇は、まだ明けなかった。1945年8月。その時、彼は庭師のように質素な身なりをしていた。その人の名前は、昭和天皇ヒロヒト。宮殿はすでに焼け落ち、天皇は、地下の待避壕か、唯一被災を免れた石造りの生物研究所で暮らしていた。戦況は逼迫していたが、彼は戦争を止めることができなかった。その苦悩は悪夢に姿を変え、午睡の天皇に襲いかかる。みるみるうちに焦土となる東京。失われる多くの命。うなされるように目を覚ます天皇の孤独。日本は、まだ闇の中にある。やがて、連合国占領軍総司令官ダグラス・マッカーサーとの会見の日が訪れる。彼は、ひとつの決意を胸に秘めていた…。(パンフより)

ロシア人監督が作った「昭和天皇」が主人公の映画。それゆえに、日本公開が危ぶまれた映画。しかし実際公開されたら、何の騒ぎもなかったでしたよね。
政治的歴史的事象を語る映画ではなく、「昭和天皇」という人物を、恐れや弱さを持ったひとりの人間として描き出した、言ってしまえば「外国人が考えたファンタジー映画」でした。役者の個性とかイメージとかが強いし。

実際は東京大空襲から「人間宣言」にいたる半年の出来事を描いているんですが、一つ一つのエピソードが切れ目なく展開していて、まるで1日の出来事のよう。
映像が幻想的で美しい。例えば東京大空襲の場面。翼の生えた魚が水面を泳ぐかのごとく空を泳ぎまわり街を襲う。爆音が響き渡る。炎が街を焼く。逃げ惑う人々・・・。
ただ、オリジナルの予告版を見るともっとビビッドな色合いで、緊迫した場面を次々と映し出しスリリングな印象なんですが、日本版ではセピア色の色合いが強く、感傷的な場面をつないでいてノスタルジックな印象を受ける。なんで変えたのかな?中味はスリリングでも感傷的でもないんですが、オリジナル映像を見たら、また印象も変わるかも知れない。

天皇を演じるイッセー尾形、喋ったら「ああ、イッセー尾形だ」なんですが、後半の方にはそれも気にならなくなり、昭和天皇をほうふつとさせて、一瞬ハッとする。
天皇が鶴に帽子を取って挨拶する場面はとても自然でした。
「極光」について研究所長と話すシーンも、味わい深いものがあります。

天皇は常に口をもぐもぐさせています。言えない言葉を飲み込むかのように。問いかけにストレートに答えず、話を変えてしまったりズレたことを言ったりして、微妙にかみ合わない。この辺も現実離れした感じをさせるのだと思う。

印象に残ったのは、やはりマッカーサーとの会見のシーン(葉巻から葉巻へ火を移す場面が妙にホモくさい)。
米国大使館に呼ばれた天皇。道すがら、瓦礫と化した東京を見て呆然とする。日系の通訳は、「英語で話さないように、彼(マッカーサー)と身分が同等になってしまうから」とかしこまる。
帰りがけ、ドアの前で戸惑う天皇。常に侍従が開け閉めしているので、ドアの開け方を知らないんですね。

「闇に包まれた国民の前に、太陽はやってくるのだろうか。」その言葉に応えるかのように、ラストは薄日射す東京の空。淡々と、淡々と描く日本の「太陽」。日本人には描けない映画だと思いました。(もっとウェットになるはず。)

最後にまったくの余談だが、映画館で見たときは「ゴーッ」と音がしていて、映画の効果音と思っていたけれと、今回見たら入ってなかった。あれはどうやら、背後を走る地下鉄の音だったようだ。

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<イッセー尾形さんのサイン>

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DVD『さらば、わが愛/覇王別姫』感想

京劇、好きなんですよね。鮮やかで美しい衣装、節回し、ケレン味たっぷりの演技・・・。一度、北京の京劇専用の劇場で見たことがあるのですが、本当に感動しました。いい演技をしたときには「哈(ハオ!)いいぞ!」と声をかけるそうですよ。歴史に残る京劇役者の伝記的映画『花の生涯―梅蘭芳』を見逃してしまったので、同じ監督、同じ京劇がテーマの『覇王別姫』を見ました。

1925年、北京。娼婦の母親に連れられ、孤児や貧民の子供たちが集まる京劇の養成所に入った少年・小豆。新入りの小豆は他の子供たちからいじめられたが、石頭だけは彼を弟のようにかばい、小豆も石頭を兄のように慕った。
厳しい稽古を積み成長した二人は、石頭は“段小樓”、女形になった小豆は“程蝶衣”と芸名を改め、京劇『覇王別姫』のコンビとして人気を博す。
小樓はある日、酔客に絡まれていた娼婦の菊仙を助けたことをきっかけに、彼女と結婚する。少年時代より小樓に想いを寄せていた蝶衣は袂を分かつ。その日北京は日本軍に占領された。
ある日小樓は楽屋で騒動を起こし日本軍に連行されてしまう。小樓を救うため、蝶衣は日本人将校の宴席で歌う。しかし彼の尽力で釈放されたのにも拘わらず、小樓は蝶衣の頬に唾を吐きかけ、菊仙とともに去る。深く傷ついた蝶衣はアヘンに溺れる。
49年、共産党政権樹立。蝶衣と小樓は再び舞台に立つが、今度は蝶衣が、かつて日本軍の宴席に出たという理由で裁判にかけられる。小樓から決別の手紙を受け取った蝶衣は絶望し、京劇界の実力者でパトロンの袁世卿の取り成しをも無駄にしてしまう。
京劇は新しい革命思想に沿うよう変革を求められていた。袁世卿ですら反体制派として処刑された。伝統を重んじる蝶衣は弟子の小四に批判され、そればかりか彼に『覇王別姫』の虞姫役を奪われてしまう。ショックを受けた蝶衣は芝居をやめる。
66年、文化大革命の嵐が吹き荒れ、京劇役者らも吊るし上げられた。小樓は自己批判をするよう強制され、それに屈した小樓は蝶衣の所業を暴きたてる。裏切られた蝶衣は、菊仙が娼婦だった過去を暴露し、小樓は「娼婦だった菊仙など愛していない」と言ってしまう。その言葉を聞いた菊仙は自殺する。
77年、四人組が逮捕され、文革が終結する。蝶衣と小樓は無人の体育館におもむき、11年ぶりに二人だけで最後の『覇王別姫』を演じる。

京劇役者二人と一人の女の、同性愛がらみの愛憎劇だったっけな、という認識だったのですが、これは、「激動の20世紀 in China」な映画だったんですね。

文化革命は1966~76年の10年間続いた、封建的文化、資本主義文化を批判し、新しく社会主義文化を創生しようという運動。しかし実態は、中国共産党内部の政治闘争だったようです。そしてこれが大衆を巻き込んだ大粛清へと発展していったのです。
当初は事業家などの資本家層が、さらに学者、医師、弁護士などの知識人等が弾圧されました。映画の中でもありましたが、弾圧の対象となった人々は街中を引き回され、吊るし上げられ「自己批判」を強要されました。(Wikipediaより引用)

文革が終わって、二人で『覇王別姫』を演じますが、どちらから「やろう」と言い出したんだろう。蝶衣か。そして何故蝶衣は、演じ終わった後自らの命を断ったのか。虞姫は王の足手まといになるまいとして自決するが、蝶衣は裏切られても消せない小樓への想いを断ち切るために、死を選ぶしかなかったのだろうか。
母に捨てられた小豆=蝶衣にとっては、かばってくれた小樓の優しさがすべてだった。それが大人になっても変わらなくて、だから「同性愛」といっても(性的な)生々しさがなかったように思います。でも、菊仙に初めて会ったときは、「女」そのものでしたね。最初は蝶衣を嫌っていた菊仙も、いつしか彼の気持ちを理解し受け入れるようになるのが面白かった。

しかしレスリー・チャン演じる蝶衣の女形姿の美しいこと!同じ衣装を着ていても、やはり弟子の小四とは迫力、優雅さが違いましたね。また京劇を見に行きたくなりました。

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DVD『ザ・フォール 落下の王国』感想

なんという映像美・・・!これ公開中見そびれてしまったのでしたが、う~ん、やっぱり映画館の大画面で見たかった。

「時は1915年。映画の撮影中、橋から落ちて負う怪我を負い、病室のベッドに横たわるスタントマンのロイは、追い討ちをかけるように、私生活でも恋人を主演俳優に奪われ、自暴自棄になっていた。そこに現れたのが、オレンジの木から落ち、腕を骨折して入院していた5歳の少女、アレクサンドリア。ロイは動けない自分に代わって、自殺するための薬を薬剤室から盗んでこさせるべく、純真無垢な彼女を利用することを計画。アレクサンドリアの気を引こうと、思いつきの物語を聞かせ始める。」(公式サイトより)。

それぞれの理由から、総督オウディアスに復讐を誓った6人の戦士たち。アレクサンドリアの想像の中では、黒山賊は父(後にはロイ)、黒山賊と恋に落ちる姫は看護師のエヴリン、総督オウディアスはロイの恋敵(主演俳優のシンクレア)だったりします。現実でロイが絶望して飲んだくれていると、黒山賊も酒を煽っていたり、老人の入れ歯が「物語」の霊者の力の源だったりと、現実と物語が微妙にシンクロしてます。

世界24カ国以上、世界遺産13ヶ所でロケを敢行したとのこと。中国の万里の長城、カンボジアのアンコールワット、エジプトのピラミッド・・・。なんというダイナミックな映像!
予告にも使われている、メヴラーナ教団みたいな人々が旋廻するシーンは、ウメイド・バワン・パレスというインドのマハラジャの御殿がそのロケ地だそうです。私も行ったことのあるローマのカンピドリオまで出てきて「うわー!」と感激しました。象が泳ぐシーンなども感動モノでした。 壮大な景色をバックに流れる挿入曲(
ベートーベンの交響曲第7番イ長調 第2楽章)も、物語をよりスケールアップしていてよかった。

アレクサンドリア役の子がかわいい!美少女、というよりぽっちゃりして愛嬌がある感じで、子どもらしい笑顔がほんとにキュート。
移民の子どもで英語がまだ拙い、という設定で、ロイが書いたメモ
MORPHINEMORPHIN3と読み間違えてしまい、モルフィネを3粒しか持ってこないで残りは捨てる、ということをやらかしちゃう。
「物語」の中のIndianを文字どおり「インド人」だと思っているが、どうもロイは「(ネイティヴ・アメリカンの)インディアン」として話していたような気がする。

衣装を担当した石岡瑛子さんは、北京オリンピックで開会式のコスチュームデザインを担当したデザイナーでもあります。奇抜で華麗、かつセクシーな衣装に目が釘付け。
「黒山賊の娘」として途中から物語に入り込んだアレクサンドリアも、ちゃっかり(?)黒山賊と同じ衣装を着ていて、可愛いのなんの。

薬がなくちゃ眠れない、という嘘を信じたアレクサンドリアが、自殺未遂を起こしたロイのために薬剤室に忍び込むが、誤って頭を打ってしまう。
それでも彼女は、「話をしたのは君を操るため」、と告白しに来たロイになおも話をせがむ。こんな小さな子どもまで利用しようとした自分が情けなくなったロイは、話を終わらせようと登場人物を次々と死なせてしまう。アレクサンドリアは「二人の物語よ。死なせないで」と必死に懇願する。彼にとってはその場しのぎの作り話。そんなものを一生懸命信じてくれる人がいる。「死なせないで、生かして」という言葉は自分に向けられたように響いたのだろうか。黒山賊が総督オウディアスを倒し、姫にもきっぱりと別れを告げるラストに変える。
この映画のテーマは「物語の力」。青年が、生きる希望を取り戻したということを物語るすがすがしいラストでした。

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DVD『レッドクリフPartⅠ』感想

『三国志』の中でも最も有名な合戦である「赤壁の戦い」を映像化した、ジョン・ウー監督の『レッド・クリフPARTⅠ』。本作では周瑜、孔明を中心に「赤壁の戦い」に至るまでの経緯を描く。登場人物が多くて、メモを取りながら視聴。

今から1800年前。中国では漢王朝が衰退しつつあり、各地で戦乱が起こっていた。曹操は皇帝を操り、敵対する劉備と孫権を逆賊として討伐しようとしていた。
曹操軍に追われる劉備軍は、孫権軍と同盟を結ぶため、軍師の孔明を孫権のもとに遣わす。しかし孫権軍では老臣たちの反対にあい、交渉は難航した。そんな中、孔明は赤壁で孫権軍の司令官・周瑜と出会う。2人はお互いの才能や人柄を認めあい、共に戦う事を決意した。
決戦の地は赤壁。80万の兵を擁する曹操軍を目の前にして、劉備・孫権の連合軍はどう戦うのか!?

戦闘シーンが大迫力でしたね~!でも長すぎて途中で端折りましたが。
劉備軍が民を連れて敗走中で、三将軍ですらろくに軍装が整っていないのに対して、周瑜ら孫権軍の兵士たちは鎧兜をきっちり着込んでる。その対比が面白かった。

周瑜演ずるトニー・レオンは、音曲も解する、風雅でカリスマ性のある武将を熱演。アクティブなトニー、なんだか新鮮(←私のトニー・レオン像はだいぶ偏っているようだ)。しかし、美人の妻・小喬にデレデレしすぎ。小喬が無駄に婀娜っぽくて、画面から浮いていた気が・・・。出てくる場面が少ないから余計目立つのか?
で、曹操がこの美人妻が欲しくて戦いを起こした・・・て、ええぇぇぇ?それ聞いたら兵士たち怒っちゃうよ。
曹操が、小喬に似た美姫を侍らせてご満悦、の場面は、哀れを通り越して滑稽でした。

一方、金城武演ずる諸葛孔明は、ふわりとして涼しげで、でも何処か胡散くさいところが。周瑜と孔明、キャスティング逆じゃないか、と思ってましたが、こういうのもありかなあ。
実際、最初に孔明役としてオファーがあったのはトニー・レオンの方だったそうです。体調不良を理由に断ったのに、周瑜役の人が降板したと聞いて、ウー監督のためにこの役を引き受けたとか。

PART2では、女性が大活躍するらしいですね。戦いの場に女を絡ませるな、話が陳腐になる傾向があるから、とも思うのですが、続きが楽しみです!

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映画『グラン・トリノ』感想

昨日行われたDFB-Pokal、ブレーメンがレヴァークーゼンを1:0で下して、6度目の優勝を飾りました。
同日に行われた女子サッカーの方の決勝戦では、デュイスブルクがポツダムを7:0の大差で破りました。

さて、ANAでは、エコノミーでも各座席ごとにTVモニターが付いていて、好きなときに好きな映画を見られます。
で、早くも今年NO.1映画の呼び声高い、『グラン・トリノ』を見ました。

コワルスキーは、妻を亡くしたばかりの偏屈な老人。2人の息子とも疎遠だし、様子を見に来る牧師もけんもほろろに追い返す。
この街には、ベトナム戦争で国を追われたモン族のコミュニティーがあり、隣家もその一員だ。
ある日、隣家の少年タオが街のチンピラたちに脅されて、コワルスキーの愛車“グラン・トリノ”を盗みにくる。すぐさま追い返すが、償うよう母親に言われて、タオはコワルスキーの手伝いにくることになった。
最初は迷惑がっていたコワルスキーだが、心優しいが自分に自信のないタオを一人前にしてやろうと、何くれとなく面倒みるようになる。しっかり者の姉スーも、それを喜んでいた。
街のチンピラたちに絡まれたタオのために、「2度と手を出すな」と脅す。しかしチンピラたちが仕返ししたのは、コワルスキーではなかった。彼らはタオの家に銃弾を打ち込み、スーをレイプしたのだった。コワルスキーは自責の念に駆られ、単身チンピラたちの元へ向かったのだった。

まさか丸腰だと思わなくて、なにかどんでん返しがあるのではと思ったけど、あっさり殺されてしまって。
でもそれが、コワルスキーが自らの命と引き換えに、チンピラたちを刑務所に、タオたちに手を出せない場所に送るためだったというのが分かったときには、衝撃を受けました(←大げさ)。

コワルスキーは、昔朝鮮戦争に従軍した際、韓国で無抵抗の少年を殺したことがトラウマになっている。タオにその少年を投影して、面倒みることを罪滅ぼしのように感じたこともあったかもしれない。そうでなくても、モン族の姉弟との「友達づきあい」が、孤独な老境に生きがいや安らぎを与えたのは確かだ。そしてトラウマゆえに、生と死について考え続けてきた。だから愛しい者を守るために、あのような行動に出ることも厭わなかったのだろう。

決して暗く重い映画ではなく、むしろユーモアを感じられるほどなんですが、見終わったあとも心に重くのしかかる映画でした。

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映画『クヌート』日本公開!

ベルリン動物園のシロクマ・クヌートの映画が、この夏日本でも公開されます(7月25日公開予定)。

「ベルリン動物園の人気者、ホッキョクグマの'クヌート'。
 生まれてまもなく母クマに育児放棄され、世界でも例の少ない人工哺育で育てられた。地球温暖化の影響を受け、絶滅の危機にさらされているホッキョクグマ。
クヌートは仲間を救うシンボルとして環境保護大使に任命された。
 クヌートの誕生から成長を追ったメモリアルな映像を軸に、野生のホッキョクグマの親子と、森林で孤立しつつあるロシア・ベラルーシのヒグマの兄妹をカメラが捉えた。環境は違えども本能によって生き残ろうとするクマたちの意志の強さは、命のメッセージとなって私たちの心に強く訴えかける。
 日本版ナレーションに、藤井フミヤ。オリジナルの日本版テーマ曲を『世界遺産』の鳥山雄司が作曲、ヴァイオリニストの宮本笑里が演奏。」(公式ホームページより)

公式サイト http://www.knut-movie.jp/

クヌートがベルリンにいるのも今年限りかもしれないので、ベルリンに行ったら、会いに行ってこようと思っています。

ここで重大発表(!?)。

5月20日からドイツ・ポーランドへ旅立ちます。
新型インフルエンザが世界をお騒がせしている今このときに行くのは、非常に悩ましいところなんですが・・・。

ドイツ語ではSchweingrippe(シュヴァイングリッッペ)。まだ「豚インフルエンザ」と言っているんですね。

日本では成田空港での検疫など厳重な体制を敷いていますが、感染者11人を出しているドイツでの様子は、というと、ネットで調べた限りではあまり大騒ぎしていない様子。フランクフルト空港でも職員はマスクを着用していない、という記事も読みましたね。
万が一感染した場合、症状的には軽いみたいですが、隔離だなんだと大騒ぎになるのがちょっと心配ですが、行ってきます~。

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映画『消されたヘッドライン』試写会感想

映画『消されたヘッドライン』の試写会が当たったので行ってきました。

ワシントンD.C.。ある雨の夜、黒人の少年が射殺される事件が起こる。
そしてその翌日、一人の女性が事故死した。彼女は国会議員コリンズの愛人だった。
「ワシントン・グローブ」紙のベテラン記者カルは、射殺事件を追ううちに、2つの事件に繋がりがあることに気づく。
カルは駆け出しの女性記者デラとともに、事件の裏側に迫っていくが、そこには想像を絶するアメリカ最大の陰謀が隠されていた。
国家権力の圧力と、暗殺の危機に晒されながら、カルたちは真実を暴くことが出来るのか!?

まだ公開前なのでネタバレは控えますが、ハラハラドキドキ、目まぐるしい展開の勢いのある映画でしたね。意外な人が裏で糸を引いていたり。
よくよく考えると、アラがあるというか、都合よすぎる展開のところもありましたが、ハリウッド映画らしいといえばらしいかな。

渦中の議員コリンズとその妻アニーは、カルの大学時代からの友人で、3人は昔なにやらあった様子。「二人を助けたいんだ」と言いつつ、ジャーナリストとして「真実を暴く」ことが使命のカルは、相手の気持ちを考えないことをやったりして、「どうせ情報源としか思っていないんだろ!」と罵倒されます。その苦悩の描き方がちょっと弱いので、映画も尻すぼみな印象が無きにしも非ず、でした。

エンドロールのところで、新聞が刷られて配達されるまでの様子が映し出されてましたが、こうやってできるんだ~、と興味深かったです。

「ワシントン・グローブ」社はもちろん架空の会社ですが、映画と連動して、市民ジャーナリスト(ブロガー)のニュース記事を紹介していくブログポータルサイト「ワシントン・グローブ日本支社」がオープンしました。興味のある方、ぜひ参加してみてはいかがでしょうか。

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DVD『イースタン・プロミス』感想

クリスマスを控えたロンドン。助産婦のアンナが働く病院に、10代の幼い妊婦が運び込まれた。少女は女の子を産んだ直後、息を引き取る。少女のバッグからロシア語で書かれた日記を見つけ出したアンナは、挿まれていたカードを頼りにロシア料理の店を訪ねる。そしてその店の前で、運転手だという謎めいた男、ニコライと出会う。

「イースタン・プロミス」とは、東欧組織による人身売買契約を意味する言葉だそうです。
死んだ少女タチアナも、ロシアからロンドンに来て売春をさせられていたことが日記からわかります。そして赤ん坊の父親がロシアンマフィア(ロシア料理店の主人)のボスだと判明。アンナの身に危険が迫ります。

ボスの息子キリルは、「ホモ」の噂を流したとして、組織の幹部ソイカをニコライに始末させる。ソイカの兄弟が報復のためにキリルを引き渡すよう言ってきたとき、ボスはニコライを身代わりにしようと一計を図る。

ここで、組織入会の儀式のために、長老たちの前でニコライがパンツいっちょになるんですが、全身刺青だらけですごいこと。
ロシアの裏社会では、タトゥーはいわば「履歴書」のようなもので、描かれた物や場所によって、どこの刑務所にいたかがわかるらしいです。
入会を許されたニコライは、組織の印である星のタトゥーを胸と膝に入れます。

「商売」の相談と称してサウナにおびき出されたニコライは、チェチェン人二人組に襲われる。片や素っ裸、片やナイフを握った二人組。かろうじて刺客を倒しながらも、瀕死の重傷を追い、アンナのいる病院に運び込まれる。

タチアナの件で警察が動いたことを知ったボスは、キリルに赤ん坊を盗み出させる。始末するよう言われていたキリルだったが、ためらっているうちにアンナたちが駆けつける。

ラスト。ロシア料理店。かつてボスが座っていた場所に座るニコライの姿。

ニコライを演じるヴィゴ・モーテンセンが、セクシーでたまらない。撫で付けた髪にくわえタバコ、スマートな立ち振る舞い。クールでミステリアスだけど、時折見せる優しい表情。『ロード・オブ・ザ・リング』のアラゴルンをやった役者さんですが、こっちの方が断然格好いい!!ソイカの死体をサクサク「処理」する彼が怖いです格好いいです。
これは映画そのものにも言えること。スタイリッシュな映像、印象に残る血のような「赤」の色。全裸格闘シーンをはじめ、イテテ…と眼をつぶっちゃうようなバイオレンスシーン満載ですが、期待を裏切らない映画でした。

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DVD『12人の怒れる男たち』感想

ロシアの巨匠ニキータ・ミハルコフ監督のロシア版『12人の怒れる男たち』。日本でも裁判員制度がもうすぐ始まる今、まことにタイムリーな作品かもしれない。

現代のモスクワ。ある裁判のために集められた12人の男たち。
容疑者は、ロシア人の育ての父を殺したとされるチェチェン人の少年。状況証拠は完璧にそろっており、有罪確定かと思われた。しかし、異議を唱えた男が一人いた。「人の命がかかっている。もっと真剣に話し合おう」
話しあったり、状況を再現したりしていくうちに、男たちは次々と「無罪」へと意見を変えていった。
しかし最後まで「有罪」を主張して譲らない男(←監督兼主演のニキータ・ミハルコフ)がいた。しかもその理由は、養父を殺した犯人は別にて、無実の少年を釈放すると、その真犯人に殺される。「有罪」ということにして、刑務所に匿ったほうがいい、というのだ。果たして12人の男たちが下した結論は?

12人の男たちの討論の場面と、少年の回想が交互に映し出されます。回想によると、養父はチェチェンに駐在していた特殊部隊の将校で、少年の一家と親しかった。銃撃戦で両親を亡くし、ひとり生き残った少年をモスクワに連れ帰ったものらしい。このフラッシュバックのように挿入される回想シーンが、緊迫した討論シーンに風穴を開けてくれると同時に、戦いのさなかではあったけれど両親もいて幸せだった子ども時代と、殺人の罪を着せられて獄舎に繋がれた現在との落差を際立たせていました。

討論の場面からは、男たちが自分のことを語り、そこから現代ロシアの闇が浮かび上がってきます。(人種差別主義者のタクシー運転手とか、金持ちを騙してディベートをもらう墓堀人夫とか。)またこの殺人事件には、不動産取引に関わる陰謀が絡んでいるのではないか、とほのめかされています。
ラストは、判決シーンと、判決を待つ間、留置所の中で故郷チェチェンの踊りを踊って寒さを凌ぐ少年の姿が交互に映し出され、あっと驚く鮮やかな幕切れでした。すごい。

裁判員制度について紹介しているこちらのサイトによると、
「陪審制とは、基本的に犯罪事実の認定(有罪か無罪かどうか)は陪審員のみが行い、陪審員は量刑に関与しません(裁判官が法律問題(法解釈)と量刑を行う)。
陪審員は事件ごとに選任され、評決は原則として全員一致。」

日本でも、平成21年5月21日から裁判員制度が始まります。
「裁判員と裁判官が合議体を形成するという点では、参審制と同様。ただし、裁判員は事実認定と量刑を行い、法律上の問題は裁判官のみで行う点で、参審制と異なります。また、裁判員が事件ごとに選出される点は、陪審制と同じです。このように裁判員制度は、陪審制、参審制とも異なる、
日本独自の制度だということができます。」(上記サイトより)

裁判員は、有罪か無罪かだけじゃなくて、量刑も決定する制度なんですね。ここにきて初めて知りましたよ。
選ばれたら辞退できない国民の義務、それよりも自分に人が裁けるか。
この映画のように、論議を尽くして納得のいく結論を導き出せるのか。

映画の最後でB・トーシャという人の言葉が引用されています。「法は強くて揺るぎないが、慈悲の力は法をはるかに凌ぐ
もしも裁判員に選ばれることがあったとしたら、この言葉を胸に刻んで臨もうと思います。
まあ、慈悲をかけるまでもない凶悪犯人もいるかもしれませんが。

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映画『帝国オーケストラDas Reichesorchester』感想

ブンデス・リーガ(ドイツのサッカーリーグ)で、ヘルタ・ベルリンが現在首位Tabellenfühler!このまま突っ走って、マイスターシャーレMeistershale(皿型の優勝杯)をその手に・・・。

映画『帝国オーケストラDas Reichesorchester』を見てきました。ベルリン・フィルとナチスが協力関係にあったことは知られていますが、当時のメンバーおよびその子孫の証言と映像で綴ったドキュメンタリーです。

1933年、当時すでに「世界最高のオーケストラ」と言われたベルリン・フィル。しかし有限会社の形態で運営していたため、極度のインフレ下にあって経営難に陥っていた。そこに手を差し伸べたのが、政権を取ったばかりのナチスだった。それから11年間、「帝国オーケストラ」として、ナチス・ドイツのプロパガンダを担わされることとなった。

「我々は音楽を続けたかっただけ。ナチのオーケストラだったことは一度もない」という元メンバーの発言には、納得しかねる人もいるであろう。

しかしベルリン・フィルのメンバーであるということは、特権中の特権だった。フルトベングラーという最高の指揮者、兵役免除、そして何よりも音楽を続けられる悦び。ナチス政権の下、4人の優れた団員がユダヤ人ゆえに楽団を追放されたことに疑問を持ちつつも、自分の保身のために口をつぐんだとして、誰が責められよう。戦後、非ナチ化裁判にかけられたフルトベングラーだが、ベルリン・フィルを去らなかったのは、団員からの強い慰留があったからであろう。

ベルリン・フィルは戦時中も演奏を続けた唯一のオーケストラであり、終戦後も、はや5月26日には最初のコンサートが行われている。空爆が続く中もコンサートがあったこと、それに通う観客がいたことに驚いた。「コンサートの間だけは、演奏家も観客も現実を忘れられた。」元メンバーは証言する。

この場面で、ゼーバルトの『空襲と文学』のなかの一節を思い出しながら見ていました。

「当時、ドイツ全土で、新たに湧きあがった音楽に目を輝かせて聴き入っていた人々の胸をゆすぶった想いのなかに、自分が助かったことへの感謝の念があったことを誰が非難できるだろう。だが、こう問うてみることは許されるのではないか。人類の歴史において、このような演奏を行うのはドイツ人のみであり、これほどの苦難を耐え抜いたのもドイツ人のみであるといういびつな誇りに、彼らの胸は膨らみはしなかったか、と。」

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DVD『ラスト、コーション』感想

原題は「色|戒」、英語の題名は“LUST,CAUTION”。
「色」は「情欲」、「戒」は「戒め」そして「誓い」という意味があるとか。男の命を狙う女と、ターゲットである男の情事は、血が噴出しそうなほど激しく痛ましい。

日本の占領下にある上海から香港に来たチアチー(←石原さとみ似)は、抗日運動に燃える学生クァンに誘われて、愛国劇団に加わる。
日本の傀儡政府の特務機関として、抗日運動を弾圧しているイーが香港に来ていることを知り、学生たちは暗殺を企てる。チアチーを「貿易商の妻のマイ夫人」に仕立ててイーに接近することに成功するが、イーは突然上海に帰ってしまい、計画は頓挫する。
1942年、伯母を頼って上海に戻ったチアチーは、国民党の工作員として活動するクァンと再会。イーの暗殺計画への協力を求められ、再び「マイ夫人」としてイーを誘惑し、彼の愛人になる。

「信じられるのはお前だけ」と、激しくチアチーを求め、「そのときだけは生きている実感が得られる」と言うイーと、それに引きづられるかのように、自分を保てなくなり、この悪夢から逃れたいと願うチアチー。

暗殺決行の日、チアチーはイーから贈られた指輪を一緒に取りに行こう、と言ってイーを宝石店に誘い出す。それをイーに見せているうち、チアチーは「逃げて」と口走ってしまう。それですべてを悟ったイーは逃げて事なきを得、クァンら学生グループは捕らえられて、処刑される。そのころ、イーはチアチーの部屋にひとり佇んでいた。

私は、イーは女の正体を知っていて、それを承知で関係を持っているのかと思ってたのに、そうじゃなかったんですね。いつ暗殺されるか分からない立場にいるにしては、惚れた女には無用心だな。

激しいセックスシーンが話題となった映画ですが、女の服を引き裂き手を縛って後ろから犯し、自分の欲望を満足させたあとは「それじゃ」と言って立ち去るトニー・レオン、鬼畜です。『インファナル・アフェア』のナイーブな青年のイメージが見事に覆された。
冷酷で憂いを秘めたトニー・レオンもよかったけど、受けてたつ(?)チアチーを演じる新人女優タン・ウェイも凄かった。野暮ったい女子学生から、華麗なチャイナドレスに身を包んだ艶かしい妖婦へ、見事な変身を遂げます。
この映画、戦時中であることとかイーの「仕事」の描写は少ないけれど、1940年代の上海のファッションとか風俗とかが忠実に再現されていて、それも見ものですね。

一度は頓挫した暗殺計画に再び加わろうとしたのは、もう一度イーに会いたかったからじゃなかろうか。待っているのは「破滅」と分かっていて飛び込んだチアチーの強さ、潔さに対して、彼女をそんな状況に追い込んでしまったのにもかかわらず、彼女を支える術を持たないクァンの幼さ、未熟さが対比させられていたように思いました。

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DVD『君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956』感想

1956年、ソ連支配の共産主義政権下にあったハンガリーの首都ブダペスト。メルボルン・オリンピック出場を目前にした水球のスター選手カルチは、学生運動に身を投じる女子学生ヴィキに出会う。それまで政治に無関心だったカルチも、市民のデモを制圧しようとする軍や秘密警察AVOの横暴を目の当たりにし、ヴィキとともに戦うことを選ぶ。
革命を潰すべくソ連が介入、武装蜂起した市民との間に銃撃戦が繰り広げられる。2週間ほどしてソ連は完全撤退を約束、事態は収束に向かったように見えた。いったんはオリンピックを諦めたカルチだが、監督に頭を下げもう一度チームに加えてもらい、メルボルンに向けて出発する。しかしソ連は、約束を破り首都を包囲した。AVOに捕まったヴィキは仲間の名を言うように強要されるが、それを拒否し――。

その頃メルボルンで、ハンガリーは因縁深いソ連と対決。ソ連は次々と反則を仕掛けてきて、カルチは目の上を切ってしまいプールの水が赤く染まった。それでも堂々と戦ってソ連を退け、勝ち上がりついには金メダルを獲得。ハンガリーの国歌が高らかに流れる中、遠く離れたヴィキを思うのだった。

オリンピック史上、「メルボルンの流血戦」として有名な水球の試合を題材に、歴史に翻弄される若い男女の運命を描いています。ほとんどが銃撃戦。自由を求め、脅しにも屈しないヴィキは「白バラ」のゾフィーのようでした。
水球は、日本ではあまりメジャーではありませんが、ハンガリーでは昔から盛んだったみたいで、オリンピックで金メダルを9個も取ってるんですね。この水球の試合のシーンと、ヴィキの取調べが交互に映し出されて、より緊迫した雰囲気が醸し出されていました。


冒頭、ポーランドでもストライキがあったことが述べられていましたが、フルシチョフのスターリン批判を受けて、ソ連の傘下にあった国々で反動が起こったとのこと。「蒔いた種は刈り取る」という言葉がありますが、ソ連の刈り取り方は半端ないですね。戦車で押し潰す、だもの・・・。
「ベルンの奇跡」はこれよりたった2年前の出来事なんですね。「マジック・マジャール」なんていって、無敗の成績を誇っていたのに・・・。

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DVD『存在の耐えられない軽さ』感想

1968年のプラハ。トマシュは有能な脳外科医で、独身のプレイボーイ。
ある日トマシュは出張手術に行った先でカフェのウェートレス、テレーザと出会う。テレーザはトマシュのアパートに押しかけ、2人は結婚する。
トマシュと彼の女友達の一人である画家サビーナの計らいで写真家としての仕事を始めたテレーザ。トマシュは相変わらずサビーナとも逢い、一方で共産主義の役人たちを皮肉った論文などを書いていた。
やがてソ連の軍事介入が始まり、サビーナはプラハを去りジュネーブへと旅立つ。追いかけるようにして二人もジュネーブヘ向かう。異国の地での覚束なさや、相変わらず「軽い」トマシュに不安になり、テレーザは緊迫したプラハへと戻ってしまう。大学教授と交際していたサビーナもアメリカへと去る。
テレーザを追ってプラハに戻ったトマシュだったが、以前書いた論文が原因で外科医の地位もパスポートも失う。テレーザと共に田舎に行き、農夫としてひっそりと暮らし始める。
ある日、アメリカで新生活を始めていたサビーナのもとに1通の手紙が届く。それは二人が事故で死んだという知らせだった。

プラハの春、それに続くソ連の軍事介入が物語の背景になっています。
原作、ずっと前に読んだのでうろ覚えだけど、こんな話だったっけ・・・?トマシュの話というより、テレーザの自分探し物語っぽくなってました。

トマシュ役のダニエル・デイ・ルイスが、「軽い」というかエレガントというか。窓拭きしてても、トラクターを運転していても、女を目の前にしてギラギラしていてもエレガント。彼は「人生」というものをあまり深く考えていないので、医師としてではなくて農夫として働くことにも、惨めに思わないんだろうな。だから浮世離れした感じ。
今こういうエレガントな俳優さん少ないですね。ちょっとすぐ思い浮かばない。(今はジョニー・デップとか「ちょい濃い系」が流行りだしね)

テレーザ役のジュリエット・ビノシュ、初々しいけどちょっと鼻につくところがありますね。
サビーナ役のレナ・オリンが地味によかった。

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DVD『ナンニ・モレッティのエイプリル』感想

「イタリアのウディ・アレン」と言われる映画監督ナンニ・モレッティの、'93年3月~'97年8月にかけて起こった出来事を日記形式で綴った映画。

右派政党から左翼民主党へと揺れ動く、90年代のイタリア。選挙運動や集会のドキュメンタリーを撮影していたナンニ・モレッティは、その傍ら、ついに長年温めていたミュージカル映画の撮影に取りかかる。ところが初日になって、急に撮る勇気が出なくなり、撮影を中止してしまう。
一方妻シルヴィアは出産を控えている。出産日が近づくと、仕事をしていても気もそぞろ、撮影どころではない。ナンニは仕事場を抜け出して病院へ行き、出産に立ち会う。94年4月。選挙での左派の勝利に沸く町をバイクで駆け抜け、わが子ピエトロの誕生に両手を挙げて喜ぶ。
入浴を手伝ったり、歌を歌ってやったりと、子育てに余念がないナンニ。気乗りしない撮影の仕事も続けていく。
44歳の誕生日を迎えたナンニは、友人に余命を定規で示される。町をバイクで走りながら、自分の撮りたい映画を撮ろうと誓う。これまで集めていた雑誌の切り抜きをバラ撤き、ミュージカル映画の撮影に入るのだった。

始終落ち着かなくて、仕事中もフラフラどっか行ってしまうボスでは、周りのスタッフも苦労するよな~。落ち着かない理由は、妻の出産だけではなくて、子どもっぽい男が「子どもも生まれるんだから大人にならなきゃ」「でもなぜならなきゃいけない?」と、自分の中で思いがせめぎあっていたからだと思います。不惑をすぎてモラトリウム。それが、「余命はあとこれだけ」と定規で示されて、時間には限りがあるということに気づいて吹っ切れたのかなー、と。
最初から最後まで淡々と、ナンニの煮詰まりぶりを映し出しているわけですが、最後のミュージカルのシーンでは落ち着いていましたね。「50年代のトロキストの菓子職人」が主人公で、コックの格好をした男女のダンサーたちがお菓子を作っている。ケーキが次々とベルトコンベヤで運ばれていって、すごくキュートでハッピーな感じ。
公開当時、映画館まで見に行ったのですが、音楽が気に入ってサントラ探し回ったな~。見つからなかったけど。

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DVD『シンドラーのリスト』感想

第二次大戦下、1100人のユダヤ人をナチスの虐殺から救った実在のドイツ人実業家の姿を、ドキュメンタリー・タッチで描いた大作。

1939年、ドイツ人実業家オスカー・シンドラーは、一旗揚げようと、ドイツ軍に侵攻されたクラクフにやって来る。彼は巧みにドイツ軍の幹部たちに取り入り、古い工場を払い下げてもらう。ユダヤ人会計士シュテルンに経営を任せ、ゲットー(居住区)のユダヤ人たちを無償の労働力として雇い入れ、軍用ホーロー容器の事業を始める。事業はたちまち軌道に乗っていった。
1943年2月、ゲットーが解体され、ユダヤ人たちは近郊のプワシュフ収容所に送られることになった。ゲットーが閉鎖される当日、馬を走らせていたシンドラーは、小高い丘からその様子を目撃する。親衛隊員たちは罪もない人々を次々に虐殺していった。
1944年、敗色濃いドイツ軍はプワシュフ収容所を閉鎖し、ユダヤ人はアウシュヴィッツへ送られることになった。
シンドラーはユダヤ人を救い出すため、故郷のチェコに工場を移す、という名目でユダヤ人収容者を金で購う。「労働力」として急ぎリストアップされたのは1100人。途中、女性囚人がアウシュヴィッツへ移送されたが、シンドラーは役人に賄賂を渡し、彼女たちを救い出す。
彼の工場は武器弾薬の製造にも、不良品を作ることで抵抗する。やがて1945年、ドイツ無条件降伏の日を迎える。ナチ党員であるシンドラーは、戦犯として逮捕される前に、ユダヤ人たちに別れを告げ去っていった。

ユダヤ人の味方をすることは、かえって自分の命を危うくすることだというのに、全財産を投げ打ってまでそれをしたのはなぜだろう。
シンドラーは酒と女を愛する享楽的なところもある男で、ユダヤ人のことも単なる「安い労働力」としか見ていなかったのですが、ユダヤ人を虫ケラのように扱い、いとも簡単に命を奪うナチスの残虐行為に衝撃を受けます。
彼は「ユダヤ人を救わなくては」という使命感に燃えていた、と言うよりは、ただユダヤ人たちを見殺しに出来ないという思いに突き動かされていただけのように見えました。ユダヤ人のもとを去るときに「この車を売れば、あと10人は救えた。この金バッチを売れば、あと1人は…」と泣きじゃくるシーンは、こちらも涙、涙。
シンドラーの下で働きながらも、心を許さず酒を勧めても口にしなかったシュテルンが、アウシュヴィッツに送られることになり、シンドラーに「戦争が終わったら一緒に飲もう」と言われて、「今、飲みましょう」と応えるシーンが印象に残りました。シンドラーは、戦後さまざまな事業に手を出しては失敗を繰り返していたそうですが、きっとシュテルンのようなパートナーに出会えなかったんでしょうね。

3時間を越える映画でしたが、一気に見ました。モノクロ撮影なのですが、ゲットー虐殺のシーンで、一人だけコートが赤く彩色された少女が出てきます。この「赤」の意味は何なのでしょうか。演出としては、少々あざとい感じがしないでもないが・・・。

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DVD『この道は母へとつづく』感想

貧困、児童虐待等、現代ロシアの社会問題を背景に描いた、ロシア版『母を訪ねて三千里』。実話を元にした作品だそうです。

ロシアの辺境にある孤児院に裕福なイタリア人夫婦が訪れ、6歳のワーニャが「養子に」と望まれる。周囲は羨望と嫉妬の目で彼を「イタリア人」と呼んでからかう。
そんなある日、一人の女性が現れる。しかし彼女が捨てた息子は既に養子にもらわれたあとだった。
イタリアに行ってしまったら、本当のママと会えなくなる!孤児院の院長や仲間たちは、イタリアに行ったほうが幸せだ、と諭すがママへの想いは募るばかり。独学で文字を覚え、院長室にある自分の記録を盗み読みし、ママの手がかりを求めて前に預けられていた孤児院へ向かうため、孤児院を脱走する。

ワーニャ役の少年がかわいい!透けるような白い肌、吸い込まれそうな青い瞳・・・スラブ系の子どもって、天使のようにかわいいですね。(大人になったらクマ親父やビヤ樽のようなオバちゃんだが。)

孤児院には年長の少年たちが仕切るグループがあり、車を拭いたりして貰ったチップをちょろまかそうものなら制裁を受けます。そんななかで揉まれてきたからか、ワーニャはかわいいだけじゃなく、6歳とは思えないほど行動力がありしたたかです。一人で知らない街に向かう電車に乗ったときも、怪しまれないように「パパと一緒なんだ」という芝居をしたり、不良少年のグループに絡まれたときも、言うとおりにする振りをしてすばやく反撃したり、養子仲介業者の追っ手に捕まりそうになったときも、恐ろしいほどの勇気を見せます。すべては「ママに会いたい」という一心から。その健気さに心打たれます。

「母恋い」のほかに「養子斡旋ビジネス」というのがこの映画のテーマになっています。養子を望む夫婦は、「マダム」と呼ばれる女性に仲介料として少なくとも5,000ユーロは払うことになっているようですし、取り分を要求する院長も、忌々しく思いながらも背に腹は変えられない、といった状況なのでしょう。なんでわざわざイタリア人がロシアの子どもをもらうのか、については、やはり後から実の親が出てきてトラブルになると困るから?

ワーニャのはにかんだような笑顔がスクリーンにいっぱいに広がるラストシーン、これだけでも見る価値があります。この映画。

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DVD『厨房で逢いましょう』感想

天才料理人グレゴアは、知的障害のある娘を助けてやった縁で、平凡な主婦エデン(シャルロット・ゲンズブール似)と知り合う。エデンは彼の作ったプラリネを食べてその味の虜となり、「料理を味見をさせて欲しい」と厨房にまで押しかける。毎週のようにやってくるエデンに戸惑っていたグレゴアも、いつしか彼女の来訪を心待ちにするようになる。しかし料理一筋で女性と付き合ったこともないグレゴアは、想いを伝えることもできず、料理でもてなすことしか出来ないのだった。
彼の恋心を反映してか、「エロティック・キュイジーヌ」と呼ばれる彼の料理はますますおいしくなったと評判になる。
二人の「逢瀬」を誤解したエデンの夫が、グレゴアの店に乗り込んでワインセラーをメチャクチャにしてしまう。閉店を余儀なくされたグレゴアは、街を出て行く前にエデンの家に立ち寄る。しかし夫に暴行を受け追いかけ回されるが、逆に、その巨体で夫を押し潰して死なせてしまう。

「――以上がドレップ氏(エデンの夫)の死の真相です。」・・・こういう展開になるとは、思いもよりませんでしたよ。

次々に映し出される料理が実においしそう!エデンもレストランの客たちも貪りつくように食べていました。「世界でもっともクリエイティブな料理人」の呼び名も高い、フランク・エーラーというドイツでも指折りのシェフが料理の監修をしたそうです。
「チョコ・コーラ・ソース」というのが出てきますが、名前だけでもおいしそうだ。

エデンがけっこう「天然」というか「曲者」だったりします。グレゴアの目の表情だけで、彼がエデンに恋をしているのが誰だってわかる。なのに彼女は「私たち、友だちよね?」と言って夫との仲とか洗いざらい打ち明ける。鈍感というか、無神経というか。グレゴアの料理を食べて生きる悦びを取り戻した彼女が、夫の関心を取り戻そうと、「食後のデザートはあ・た・し☆」とばかりにベッドの中で待っているのはまだしも、体にクリームとフルーツ盛っているとかは、正直引きましたね。

エデンの夫を演じた、デーヴィト・シュトリーゾフ、どっかで聞いた名だと思ったら、『ヒトラーの贋札』で、ザクセンハウゼンで贋札を作らせた責任者と同じ人でした。

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映画『マルタのやさしい刺繍』感想

月曜日、『クラバート』を見たあとは、銀座に移動して『マルタのやさしい刺繍』を見ました。

スイスの片田舎に住む80歳のマルタは、夫に先立たれすっかり生きる希望も失っている。昔夢見た「自分でデザイン・刺繍したランジェリーのショップを開く」という夢を思い出し、友人のリージの助けを借りて一念奮起するが、保守的な村の人々の反応は冷たい。しかしいつしか周囲の人間たちも変わっていく・・・。というとてもチャーミングなおばあちゃんたちが出てくる話です。
例えば、

村の人たちは買ってくれない → そうだ、ネット販売よ!ということでパソコンを習い始める友人のフリーダ。指南役のロースリ氏といい仲に。

息子が車椅子の父親の病院への送迎をしてくれない → 運転免許を取るために自動車学校に通う友人のハンニ。

ネットで注文殺到。刺繍が間に合わない! → 老人ホームの刺繍コースの人を動員。ハンニが配送係に。  

マルタたちのことが新聞で紹介 → ここまでやるなんてすごい!と村人たちも関心を示す。

「若者の自分探し」系の映画って、正直見る気しませんが、こういう「歳をとっても夢や希望を諦めることはないよ」って映画は、元気がもらえていいですね!

舞台となったエメンタール地方は、ベルンの東に広がる丘陵地帯。(あの“穴あきチーズ”のふる里ですね。)言語的にはドイツ語を使っている地域のようですが、挨拶の言葉は「グーテンターク」じゃなくて「グリュッツィ」、「ありがとう」はフランス語の「メルスィ」なんですね。今習っているドイツ語の先生はスイス人だけど、標準ドイツ語で授業してるから聞く機会がなかったのですが、スイス・ドイツ語は標準ドイツ語とはやっぱり違うんだな、ということが分かりました。

http://www.alcine-terran.com/maruta/

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ドイツ映画祭2008『クラバート』感想

今日はドイツ映画祭(新宿バルトで開催)で『クラバート――謎の黒魔術』を見てきました。

時は17世紀、30年戦争で親を失った14歳の少年クラバートは、カラスに導かれて水車小屋の弟子になる。しかし実はそこの親方は黒魔術を教えていた。人と違う力を持てることが嬉しくて黒魔術を学んでいたクラバートだったが、親しくしていた兄弟子が殺される。どうやら毎年大晦日の夜、親方は弟子の一人を死神に捧げて若さを保ってきたらしい。このままではいつか殺される、好きな娘のためにも自由になりたいと考えたとき、クラバートは親方に反旗を翻す・・・という話。

「大泥棒ホッツェンプロッツ」で有名な作者プロイスラーが、ドイツ東部のソルブ地方の伝説を元に書いた作品だそうです。『千と千尋の神隠し』にも大きな影響を与えた作品でもあるとか。
魔術といってもハリポタみたいに楽しい話ではなく、CG全開ってわけでもないけど、面白かったです。角度の問題なのか何なのか、顔がやけに縦長に写っていたのが気になりましたが・・・。

各回始まる前に監督や出演者のご挨拶があるようでしたが、この回は体調を崩したという理由で上映後にインタヴューがありました。監督のクロイツパイントナーさん、リュシュコ役のローベルト・シュタートローバーさん、プロデューサーのウーリ・プッツさんが登場。
原作は1970年代に書かれたものですが、映画にする権利を手に入れるのに時間がかかり、台本が出来上がるのも時間がかかったので今年の公開になったとか、ドイツで封切られてまだ3週間しかたっていないけど、観客動員数は100万人を突破したとか、ラストは現代の感覚にあわせて少し変えたとか、ロケ地はルーマニアで、すごく寒い時期に撮影したのでその苦労話とか、いろいろな裏話が聞けました。

その後、ロビーでサイン・撮影会が始まりましたが、監督さん、サービス精神旺盛な人で自ら肩を抱いて一緒に写真に入ってましたよ。私は、すぐに行かなきゃならなかったので見てただけですが。

Zatu_052

クロイツパインナー監督。若い!

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リュシュコ役のローベルト・シュタートローバーさん。

役と雰囲気が全然違う。

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秋のドイツ映画

今年はドイツ映画祭やらないのかしら~と思っていたら、来ました!

日本未公開の映画や、ドイツでも今秋公開の新作映画、『カリガリ博士』などのサイレント映画などが上映されます。
ドリス・デーリエ『
HANAMI』や、ドイツのファンタジー文学が原作の『クラバート』、クララおよびロベルト・シューマン夫妻を主人公に据えて撮った作品『クララ・シューマンの愛』・・・・。
全部見たいな~!

http://www.germanfilmfest.jp/

10月18日から公開されるのが、

マルタのやさしい刺繍
スイスの片田舎に住む80歳のマルタは、夫に先立たれすっかり生きる希望も失っている。昔夢見た「ランジェリーショップを開く」という夢を思い出し、友人の助けを借りて一念奮起するが、保守的な村の人々の反応は冷たい。しかしいつしか・・・。というとてもチャーミングなおばあちゃんたちが出てくる話です。

http://www.alcine-terran.com/maruta/

ちょいと先ですが、
『そして、私たちは愛に帰る』 
トルコ系ドイツ人のファティ・アキン監督作品。ドイツとイスタンブールを舞台に3組の親子の愛憎を描く。

http://www.bitters.co.jp/ainikaeru/index.html

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DVD「インファナルアフェアⅢ終極無間」感想

「インファナル・アフェアⅢ終極無間」見ました。

 潜入捜査官ヤンの殉職から10ヵ月後、マフィアのサムの内通者という自分の過去を葬り去りたいラウは、サムが警察に潜入させた他の内通者を始末することを決意する。その一人として保安部のヨン警視に目星をつける。
 一方で精神科医のリーに接近し、ヤンのカルテを入手するなど、ヤンへの傾倒を深めていく。
 そして話は、ヤンが生きていた頃に遡る。その頃、サムは本土の大物シェンと武器の密輸の取引をしようとしていた。

 主人公が精神的に追い詰められて発狂、自殺未遂を起こして廃人になる・・・って、「こんなのアリなのー!?」って叫びたくなりそうなラストでした。

 現実のシーンと回想のシーン、おまけにラウの妄想のシーンが入り混じるので、よりストーリーが難解になりクラクラしました。でも面白いことに、回想シーンの方が、活き活きとしてクリア感じで、逆に現実のシーンの方が、フィルターがかかったみたいな感じでした。ラウの目を通して見た世界、ってことなのかしら。

 切れ者ヨン警視が不気味に格好いいです。表情を読ませずダーティなところもあり。サムの内通者、それともシェンと関係が?とハラハラさせた挙句、そのどちらでもなく、ヨンこそが内通者ラウを監視していたとは。発狂したラウを見つめる哀れみの表情がよかったです。(しかしこの人もあっけなく殺されてしまうのよね。)
  「Ⅰ」ではつらい顔ばかりだったヤンも、本作では、美人の女医との・・・を妄想してムフフとにやけているところが微笑ましかったですよ。

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DVD「インファナル・アフェアⅡ無間序曲」感想

「インファナル・アフェアⅡ」見ました。
実は当初「Ⅰ」と「Ⅲ」の部分だけの予定だったのが、急遽「Ⅱ」の内容もつくろう、ということになった、という裏話を読んで知っていたので期待できないのかな~、と思っていましたが、これが面白かった!

 時を遡ってヤンとラウの若いとき、ということで「Ⅰ」で十代を演じた役者さんが主人公。しかし話としては、ウォン警視(石原裕次郎似)とマフィアのボス、サムの因縁話が中心です。

 1991年、黒社会の大ボス、クワンが暗殺された。すぐに次男のハウが跡目を継ぎ、事業拡大と父親の復讐に乗り出すのだった。
 ヤン(徳重聡似)が実はクワンの私生児であることが発覚し、警察学校を退学させられる。しかし、潜入捜査員となれば警官になれるとウォン警部が請け負う。

 1995年、香港返還を前に、ハウは移住し「事業」を4人の配下のボスとサムに譲ると告げる。しかしそれは油断させるための罠で、父親の命日に次々と始末させる。
 だがクワン暗殺の真相は、ウォン警視が唆してサムの妻マリーがラウを使って殺させたのだった。そのことを知ったハウは、ウォンの車に細工をするが、身代わりとなってウォンの親友ルク警視(船越英一郎似)が死ぬ。

 1997年、ウォンはハウの逮捕に漕ぎ着け、タイで死んだと思われていたサムも香港に帰ってくる。サムはハウを呼び出し決着をつけようとするが、ハウはウォンの銃弾に倒れる。弟の腕の中で、そのとき初めて弟が潜入捜査員だったと気づくのだった・・・。

 ハウがよかったです。インテリな感じで家族思いで、しかしためらいもなく部下を粛清するところとか。
 若い二人も、ルックス的には配役取り替えたほうがよかったかな~、とも思いますが、トニーのヤンの繊細さやアンディのラウの如才なさが見えていたからいいか。

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映画「わが教え子、ヒトラー」感想

 ヒトラーを「笑い」の対象にする、しかもそれをユダヤ人の監督が撮った、ということで、ドイツでも賛否両論を巻き起こした作品。

 1944年末、敗色濃厚なドイツ。宣伝相ゲッペルスは戦意高揚を狙ってヒトラーに新年の演説をさせようとするが、当のヒトラーは身も心も病んだ状態。ゲッペルスは、かつてヒトラーに演説指導をしたユダヤ人俳優グリュンバウムを呼び寄せる。

 家族や同胞の解放を条件にこの仕事を引き受けたグリュンバウム。隙あらばヒトラーを殺そうとするが、あまりに弱々しく、父親からの虐待という幼少期のトラウマに苦しむヒトラーの姿を見て、逆に同情が芽生えたりして・・・。

 芥子色のジャージを着て犬の真似をさせられるヒトラー。グリュンバウムの移送をめぐる煩雑な事務手続き、誰かとすれ違うたびに「ハイル」と挙手して敬礼。(ヒムラーなど、器具を使って常に敬礼の角度に腕を固定している。)

 ヒトラーやナチスを徹底的に戯画化していて、最後の最後まで(ブラックな)ユーモアの連続。でも、逆に全編がドタバタしているので、どうもメリハリがなくて、「笑い」を通じて深刻なテーマを考える、という趣旨が私には読み取れなかった。(私に「笑い」のセンスがないだけかも知れないけど。)
本作が遺作となったウルリッヒ・ミューエ(『善き人のためのソナタ』)の名演が際立つだけに、どうにも残念。

 個人的には、『ヒトラー 最期の12日間』でヒムラー役を演じたウルリッヒ・ネーテンが、本作でも同じ役をやっているのがツボ。

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DVD「インファナル アフェア」感想

 マフィアに潜入した警察官と、警察に潜入したマフィア組員。ご存知、香港製犯罪映画の代表作。

 10年後。警察に潜入した組員ラウは、順調に出世し課長にまでなっていた。ラウの本当のボス、サムの下に潜入していたヤンは、「自分は警官なのに」というプライドに苦しんで自暴自棄の生活を送っていた。
 麻薬の取引に絡んで、お互いにスパイを送り込んでいることが発覚。ラウ、ヤンそれぞれに「内通者を探せ」という指令が下る。
 やがてサム側がラウの上司、ウォン警視を殺害するにいたる。ウォンはヤンの本当の身分を知る唯一の人間。ラウもサムを裏切る決意をし、2人の運命は交差する。

 友人に勧められて見ました。これは3部作なんですね。マフィアとかやくざ映画って苦手なんですが、これは面白かったです。派手な銃撃戦もカーチェイスもなく、ただストーリー展開の巧みさ、出演者の緊迫した演技で魅せていると言うか・・・。
 顔はラウを演ずるアンディ・ラウのほうが好みかも~、と思いつつも、やはりヤン役のトニー・レオンの方に軍配は上がるかな。今にも壊れそうな脆さと繊細さを漂わせ、今にも泣き出しそうな、「俺を救けてくれ」とすがるような瞳に揺さぶられますね。陰影のある役者さんです。しかし、最後あっけなく殺されてしまって「え、これで死んじゃうの!?」とびっくり。
 若い頃の2人を演ずる俳優が、あまり似ていないのはご愛嬌。

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DVD「プロミス」感想

 「さらば、わが愛/覇王別姫」のチェン・カイコー監督の、日本(真田広之)、韓国(チャン・ドンゴン)、香港(セシリア・チャン)を代表する俳優陣でおくる中華ファンタジー。

 未来より3000年前、少女は満神(運命の女神)とある約束をする。「望むものはすべて手に入るが、真の愛だけは得られない。それでもいいか?」という問いかけに少女は「それでもいい」と答える。
 20年後、今は王妃となった少女=傾城を奪うため、北公爵・無歓が王に反旗を翻す。助けに駆けつけた華鎧の男は、誤って王を殺してしまう。
 伝説の甲冑「華鎧」は、「戦神」と称えられるほどの武人だけが着ることを許され、今は大将軍・光明が持ち主である。しかしこのとき華鎧を身に着けていたのは、北公爵の刺客にやられて大怪我をした主人の代わりに来た奴隷・昆崙だったのだ。(仮面をつけて素顔を隠していた。)
 そうとは知らず「華鎧の男」=光明に恋をする傾城。光明も真実を隠したまま二人は結ばれる。
 しかしそれもつかのま、北公爵の策略により二人は捕らえられる。「王殺し」の罪で裁判にかけられた光明を、真実を述べ昆崙は助け出そうとする。そのとき初めて、あのときの「華鎧の男」の正体を知り、揺れ動く傾城。
 最後は、光明、北公爵ともども相討ちとなり息絶える。生き残った昆崙は、時空を超えられる黒い衣―― 一度着たら最後、脱ぐことは「死」を意味する――を身にまとい、「もう一度道を選ばせてあげる」と傾城を過去へ連れて行くのだった。
 
 この世界では奴隷は立つことを許されていないようで、昆崙が怖ろしいほどの速さで這い這いしたり、昆崙が北公爵に捕まった傾城を助け出すときに、凧揚げ状態でつれて逃げたりとか、あまりに荒唐無稽で、公開当時は評判はよくなかったようですが、私はファンタジーなんだし面白いと思ったけどな~。
 とくに香港のスターのニコラス・ツェーが演じた北公爵が、超傲慢でナルシシストで笑えます。指示を出すのも、先っちょに金色の指がついた棒を使うんですよ。こんな屈折した人間になったのも、「子供の頃、傾城にだまされたため」、というのは笑うところなのかしら・・・。
 それはともかく、映像も幻想的できれいだし、CGやワイヤーアクションも迫力あるし、衣装デザインが日本のイラストレーターの正子公也さんですが、流麗でほんとに素敵。
「華鎧」の将軍=真田広之が美しい!この俳優さんに「美しい」と形容することがあろうとは思わなかったですよ。

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映画『ベルンの奇蹟』感想

ドイツ代表のキャプテンKapitän、ミヒャエル・バラックには「準優勝の呪い」がかけられているらしいです。
レバークーゼン時代にリーグ準優勝
バイエルン時代にチャンピオンリーグ(CL)で準優勝
2002年WMでドイツ準優勝
今はイギリス・プレミアリーグのチェルシーに在籍中ですが、今季のCLでも準優勝で終わったそうです。「
シルバーコレクター」と言われているとか。
しかし、今度こそ奇蹟を起こし、「準」のとれた「優勝」を手にして欲しいものです。
・・・と書いたところで、
負傷して出場が危うい、という記事が出てました。フリングスの出場も微妙だし、どうなるんだ!?

それはそうと、景気付けに(?)ゼーンケ・ヴォルトマン監督作品「ベルンの奇蹟Das Wunder von Bern」をDVDで観ました。
1954年のWMスイス大会でドイツが優勝したときのことを元にしたドラマです。これにある家族の再生を絡ませて、敗戦で打ちひしがれていたドイツの国情をも描かれています。

敗戦後のドイツ、11歳のマチアスは地元のサッカーチームのラーン選手を父親のように慕っていた。
そこへ父親が11年ぶりにソ連抑留から帰ってきた。生きる希望も自信もなくなって、それでも一家の主として家族を支配しようとする父親に、家庭はギクシャクし始める。サッカーに夢中な息子に苛立ち、ついには禁止を言い渡す。しかし父親も苦しんでいたのだ。少しずつ立ち直り、捕虜生活でのことを話せるようになったころ、家庭にも笑顔が戻ってきた。

ドイツはなんとか勝ちあがり、そして迎えた7月4日、決勝戦の日。対するは4年半無敗を誇るハンガリー。父はマチアスを車に乗せ、決勝戦の会場のベルンまで連れて行く。そして奇蹟は起こった――。

これはサッカー映画と言うより、「父と子の絆」を描いた映画と言えます。
父親がサッカーを禁止するのも、マチアスが自分よりもラーン選手を慕っているのに対する嫉妬からのようなものだし、マチアスが家出してスイスに行こうとするのは、単なる応援のためというより、ラーンに「理想の父親」像を求めていたからなんでしょう。それだけに、お互いに歩み寄り、絆を取り戻していく姿は感動的。
「ドイツの男は泣かない」と息子を叱咤したのに、家を出て行った長男からの手紙に泣き出す父親を、「ドイツの男だってたまには泣くよ」と息子が慰めるラストシーンに涙を禁じ得ません。(←大げさ)ちなみにこの親子、実生活でも親子だそうです。

サッカーシーンも迫力満点。監督は元サッカー選手で、ラーン役をはじめとする俳優も、サッカーの上手い人を起用したとか。また当時の風俗が描かれていて興味深いです。長男はバンドを組み黒人音楽を演奏したり共産思想に憧れてたりするし、姉は米兵とダンスに興じている。ほかにも「アディダス」創始者アディ・ダスラーの新スパイク発明秘話、決勝戦の伝説的名実況など見どころ満載です。

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映画『愛より強く』感想

 ドイツの対戦相手は、トルコに決まりました。試合は26日に行われます。しかしドイツのレーヴ監督、もう決勝の話をしています。気が早すぎます。いくらトルコが格下で、主力選手が怪我等で出ないからといって・・・。勝って兜の緒を締めよ、です。

 さて、DVDでファティ・アキン監督の『愛より強く』を見ました。(ネタバレ含む)

 妻を亡くし自暴自棄になっていたドイツ系トルコ人・ジャイトは、飲酒運転で壁に激突し病院送りになる。そこで出会った若い娘・シベルにいきなり「偽装結婚」を提案される。同じくドイツ移民の保守的な家庭に暮らすシビルにとって、「結婚」が家を出る唯一の手段だったのだ。
 「人助け」のつもりで結婚したものの、ジャイトは昔の恋人とは切れてないし、シべルも夜な夜な男と遊びまわっている。
しかしいつしか「夫と妻」として互いを意識し始めたころ、ジャイトはシベルの浮気相手を誤って殺してしまう。

 原題は“Gegen die Wand(壁に向かって)”。「壁」とはドイツに住むトルコ系移民を取り巻く「壁」なんだろう。映画評もその観点から取り上げたものが多かったけど、そもそもドイツ人との対比がなかったから、その「壁」はあまり感じられませんでしたね。

 しかしジャイトもシベルも、、痛々しいほど不器用で稚い。ジャイトは妻の死を受け入れられない。シベルも、ジャイトを失って初めて彼を愛していることに気づき、絶望のあまりまたもや自殺未遂を起こしたり、破滅的な生活を送ったりします。

 最後は、服役を終えたジャイトが、シベルを追ってイスタンブールに行きます。ハッピーエンドではありませんでしたが、「救い」のあるラストでした。ジャイトが自分の殻――時に壁よりも強固なもの――を破って、「再生」を果たしたからなのでしょう。

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DVD『太陽に恋して』感想

 ファティ・アキン監督作品『太陽に恋して』をDVDで見ました。
 ハンブルクに住むさえない教育実習生ダニエルが、一目ぼれした女の子を追ってイスタンブールに向かって旅立つというロードムービー。
 途中で車が壊れてしまい、仕方なくヒッチハイクした車はブタペスト行きだし、そのブタペストでは金とパスポートを盗まれ、その他にもいろんなトラブルに巻き込まれ散々な旅路なのですが、いろんな経験を経てダニエルも逞しく(図太く)成長していきます。
 「幸運のお守り」と称して太陽の指輪を売りつけた露天商の女の子・ユーリとの関係の変化も見もの。実は彼女自身がダニエルに恋をしているのに、ダニエルの恋のために一緒
に旅をする。けなげです。(はにかんだ感じの笑顔がすごくかわいい。)原題の‘Im Juli’は、「7月に」という意味ですが、彼女の名前にも掛けてあるのですね。

 ブルガリアでヒッチハイクをした車の持ち主が、実は一目ぼれした女の子の恋人だったとか、ありえない偶然も「映画だからいいよね!」と思えるような、すがすがしさ。ドイツ系トルコ人のファティ・アキン監督は、第54回ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞した『愛より強く』でトルコ移民の偽装結婚問題をテーマにしているので、この映画ももっとお堅い感じなのかな、と思っていたのですが、いい意味で裏切られました。

 アキン監督は俳優として活躍しているそうで、この映画でもルーマニアの国境警備兵として出演しています。
 しかし、主演の
モーリッツ・ブライプトロイ。『ラン・ローラ・ラン』でのヒロインの恋人役といい、情けない男の子の役がなんて似合うんだろう。

トルコ行きたくなりました。♪飛んでイスタンブール。(←古い?)

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映画『MY FATHER』感想

『MY FATHER』(映画公開時)のDVD、レンタルビデオ屋でやっと見つけたよ~!もう一度見たくてずっと探していたのよ!

1985年。戦後南米に逃亡したナチスの大物、アウシュヴィッツ収容所で人体実験を行い、「死の天使」と呼ばれたヨーゼフ・メンゲレ医師の遺骨が発見された。この死が「偽装」ではないかと疑うユダヤ人団体の要請を受けて、弁護士ミンスキーがメンゲレの息子ヘルマンのもとを訪れる。ミンスキーの求めに応じ、息子は8年前父と会ったときのことを話し出した。

実話を基にした、ドキュメンタリータッチの映画です。DVDの『死の天使――アウシュヴィッツ収容所人体実験医師』という無駄に猟奇的なタイトルに引くかもしれませんが、これは父と子の関係を描いた、まっとうなヒューマンドラマなんですよ(力説!)。

逃亡中の父の元を訪れ、なぜあんな非道なことをしたか、と糾弾する息子に対し、あれは実験・研究であって人殺しではないと断言する父親。その信念のあまりのゆるぎなさに、息子は自分を見失いそうになる。分かり合えない以上、父親を裏切るか、守るかしか選択肢はない。息子が下した決断は――。

息子が求めたのは、父が悔い改め、全世界に向かって謝罪することではない。そのことが、いかに自分を傷つけたかを理解し、「すまなかった」と謝罪してくれることではなかったか。父親を理解したい、という言葉は、父親にも自分を理解して欲しいことの裏返しなのではないか。泣きながら父親を糾弾する息子をみて、なんとなくそう思いました。

父親を見るヘルマンの顔は、常に「ほんとうに自分は父親を裏切ることができるのか」という不安で揺れています。できないからこその苦悩、葛藤なのでしょう。罪人の子はやはり罪人なのか、という問いかけに対するヘルマンの答えは、「どんな父親でも絆を断ち切れない、それこそが子の罪」でした。

多くの人に見てもらいたい映画です。超個人的な意見ですが、『戦場のピアニスト』のドイツ将校役より、『ヒトラー・最後の12日間』のナチス幹部役より、「役者トーマス・クレッチマン」を堪能できる映画だと思います。映画公開時は原題どおりの『MY FATHER』だったのに、DVDになったときにマニア受け狙いのタイトルに変えた配給会社のセンスを疑います。

ところで今、トーマス・クレッチマン何しているんでしょうか。現在公開中の『NEXT』という映画に脇役で出ているらしいですが・・。ドイツ本国では、児童文学が原作の『Die wilden Huehner und die Liebe』という映画にヒロインのパパ役で出ているみたいです。日本でいつか公開されないかしら。

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