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映画・テレビ

映画『パラサイト』感想

知り合いが二人までも「伏線はりまくりで謎解きも面白い」というので、映画館に見に行く予定にしていたんですが、コロナの影響で行けず、Amazonprimeでやっと見ました。

 

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フリーターのキム・ギウは、事業に失敗してばかりの父ギテク、元ハンマー投げ選手の母チュンスク、美大に行きたいが予備校に通うお金もない妹ギジョンとともに半地下にある家で暮らしていた。全員無職でしがない内職で糊口をしのぐ彼らのもとに、ギウの友人でエリート大学生のミニョクが訪れる。
自分が留学中、家庭教師のバイトの代わりを頼みに来たのだ。

大学生のふりをして、高台にあるIT社長のパク家を訪れたギウは、堂々とした態度で教え子のダヘのみならず、母親のヨンジョの心をつかんだ。そしてダヘの弟ダソンの絵の教師を探していると聞くと、「知り合いに、アメリカで絵画療法を学んだ女性がいる」と、ギジョンを売り込む。

そしてもといた運転手の代わりに父を、家政婦の代わりに母がとって代わることにーーパク一家に寄生(パラサイト)することに成功した。

ダソンの誕生日、パク一家はキャンプに出かける。
広々としたリビングで酒盛りを楽しむギウ達。そこへ追い出された前の家政婦ムングァンが「忘れ物を取りに来た」といってやってくる。

彼女が地下室に向かい、戸棚を動かすと、さらに地下へ向かう秘密の扉が現れる。
この家は著名な建築家が建てた家だったが、核シェルターが作られていた。それはパク一家も知らないことで、前からこの家にいて知っていたムングァンはそこに借金取りに追われた自分の夫のグンセをかくまっていたのだ。

夫を助けてほしいと懇願するムングァンだったが、ギウ一家の秘密を見抜くと、すかさず反撃に出る。

そこへ大雨のためキャンプを中止したパク一家が帰ってくる。

ギウ達は急いでムングァン夫婦を地下室に押し込むが、ギテクともみ合っているうちに、ムングァンは階段を転げ落ち頭を打つ。

ギテクたちは逃げ出すチャンスを逸して、リビングの机の下に隠れる。
ダソンはリビングの前の庭でキャンプをすると言い張り、両親はリビングにとどまる。
そこでパク社長がギテクのことを、「いい運転手だが、一線を越えてこようとする。あいつは臭い。イヤなにおいがする」というのを怒りを覚えながら聞いていた。

すきを見て逃げ出すが、大雨で半地下の家は水浸しになっていた。

避難所の体育館で途方に暮れていると、ヨンジョから「ダソンの誕生パーティをするから来ない?」と電話がくる。

高台の豪邸には着飾った人々が大勢集まってくる。昨日の大雨で多くの住民が避難生活を送っているのを知らぬかのように。ギウをはそれを見ながら、自分はあの中にいてもおかしくないだろうか、とつぶやく。

地下室に向かったギウは、待ち伏せしていたグンセに襲われ頭を殴打される。外に出たグンセは、パーティのただ中に現れて、目の前にいたギジョンを包丁で刺す。それを見たダソンはショックで倒れる。
パーティ客たちは我先に逃げ出し、主であるパク社長はダソンを病院に連れて行くから車のカギをよこせ、とギソクに言う。放り投げたカギはもみ合うグンセとチョンスクのそばに落ちる。それを拾い上げるとき、パク社長は臭いが気になったのか鼻をつまんだ。それを見たギソクは衝動的にパク社長を刺し、そのまま行方をくらました。

何とか命拾いしたギウとチュンスクは、身分を偽りパク家に侵入していた罪で執行猶予がついた。

警察の尾行もつかなくなったころ、ギウは山に登り、今では人手に渡った豪邸を見下ろした。
ふと、チカチカするライトが、それがモールス信号であることに気づいたギウは、ギテクが地下室に隠れていることを悟る。

ギウはいつか金をため、あの豪邸を買い父を救い出すことを心に誓うのだった。

 

 

現代韓国の格差社会を描いた作品といわれています。
酔っ払いが道端で立小便するようなスラム街の半地下になる家に住む一家が、高台のオシャレな豪邸に住むセレブ一家に、家族であることを隠してとりつく。ここまではできすぎなくらい上手くいく。
ダソンに「4人とも同じ臭いがする」と言われ、ヒヤリとするくらいで。

後半、前任の家政婦ムングァンから地下室の存在を明かされた瞬間から歯車が狂っていく。
嘘をバラされたくないギテク一家と、嘘をバラして返り咲きたいムングァン夫婦。小競り合いのさ中ムングァンが死に、もう失うものがないグンセがデスぺレートになり凶行に及ぶ。
常々「使用人」と下に見てくるパク社長から発せられた「臭い」というNGワードに、ギテクが反応して発作的に相手を刺す。

いやまさかこんな結末になるとは思いませんでしたね。


でもなんか、「・・・それほど?」って感じがする。スッキリしないというか・・・。

ダソンの扱いも中途半端な印象。キーパーソンのはずなのに、動かない。
インディアンごっこが好きで絵が得意。でもこれって「モールス信号」を作中に登場させるための仕掛けだったのかな。ボーイスカウトで習うから、モールス信号で助けを呼ぶという。

ソン・ガンホ演じるギテク、無表情なのに、パク社長を刺す瞬間ですら表情を変えないのに、怒りや苛立ちが感じられた。すごいわ。

最初ギウが主人公かな、と思いきやギテクだったというのがこの作品です。

映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』感想

1980年5月に韓国の光州で起こった民衆蜂起をもとに描いた作品。

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東京で特派員をしていたドイツ人ジャーナリスト・ピーターは、記者クラブである記者が「韓国で政府が戒厳令を敷き、現地の知人と連絡がとれない」というのを聞き、スクープの匂いを嗅ぎつけソウルに飛ぶ。

韓国では全斗煥率いる軍部がクーデターにより実権を掌握。民主化を求める市民はデモを行っていた。

タクシー運転手のマンソプは、報酬の10万ウォンにつられてピーターを光州まで送り届けることに。

軍の検問も何とか胡麻化して光州の街に入るとデモの真っ最中だった。ピーターは学生のジェシクの助けを借りて取材を始める。「光州がこんな危険な状態だとわかっていて連れてこさせるなんて、記者だなんて、俺を騙したな・・・!」ときな臭さを感じたマンソプは、ピーターを置いてトンズラしようとするが、そうこうしているうちに帰るチャンスをなくし、車も故障してしまったので、タクシー運転手のファンの家に世話になる。


ついにデモを行う市民と軍隊が衝突。軍が市民に銃口をむけ、次々に市民が銃弾に倒れる。

一旦はソウルに置いてきた娘のことが心配でピーターを置いて戻ろうとした
マンソプだったが、「光州の人たちを見捨てて帰れない」とばかりに引き返す。病院に行くとジェシクの亡骸のそばで茫然とするピーターをしかり飛ばし、カメラを回すように言った。そして光州のタクシー運転手たちと一緒に、重傷を負った市民を病院に運んだ。ピーターをこの惨劇の一部始終をカメラに収めた。

ファンからソウルへ戻る裏道を教えてもらい、「必ず光州の現状を世界に伝えて」と堅く頼まれる。

やはり検問で捕まるが、タクシー運転手仲間が妨害して逃がしてくれたため、無事に空港にたどり着けた。

別れ際にピーターは名前と連絡先を尋ねるが、巻き込まれるのを恐れたマンソプは嘘を教えた。

ピーターの撮影した映像は世界中に報道され、韓国の独裁政権の実態を世に知らしめた。
ピーターは帰国後連絡を取ろうとするが、偽名だったため、それはかなわなかった。

 

2003年、ピーターは韓国から賞を贈られ、韓国を訪れていた。スピーチの中で「そのときのタクシー運転手との再会を望んでいる」と言ったことを新聞の記事で知ったマンソプは、人知れず涙を浮かべるのだった。


最後にピーターさん本人が出てきましたね。結局タクシー運転手は名乗り出ず、再会はなかったようです。ただ、本作品公開後に、本人の息子さんが「それは父」と名乗り出たらしいです。

ドイツ人記者ピーター役はトーマス・クレッチュマンでしたが、渋オジになっていましたね。そういや最近何に出たんだろ、とネットで調べたらインスタグラムやってて、見てみたらアートな写真をいっぱい投稿してましたね。ベルリンのアートスポットのTachelesで短編映画上映したようだし、そっち方面に行ったか~。

日本で自衛隊や警察が国民に銃口を向けるなんてありえないことに思えるけど、世界にはそんな例はごまんとある。(今まさにアメリカでそういうことが起こっている)

政治に無関心なマンソプが光州の人たちのために立ち上がったのと同じことができるかどうか、自信はない。

光州事件というハードな題材でしたが、ドイツ人記者とタクシー運転手の友情を描いてちょっとだけ心温まる映画でした。

 

映画『エンドレス・ポエトリー』感想

こういう狂った(←褒めている)世界があるから映画は面白い。
『リアリティのダンス』に続く、ホドロフスキー監督の自伝的映画。

 


ホドロフスキー一家は故郷トコピージャから首都サンティアゴへ移住する。詩を愛するアレハンドロは詩人になることを夢見ていたが、父親から「医者になれ」と抑圧された生活を送っていた。ある日、アレハンドロは従兄リカルドに連れられて、芸術家姉妹の家を訪れる。そこでは、ダンサーや彫刻家、画家、詩人など若きアーティストたちが共に暮らしていた。彼らとの交流の中でアレハンドロは、そこに自分の居場所を見つける。

女詩人ステラ・ディアスとの出会いと別れ、エンリケ・リンやニカノール・パラといった、後に世界的な詩人となる人物たちとの交流によって、新たな世界へと導かれていく。

世界大恐慌がきっかけで失脚し亡命したチリの独裁者イバニェスが、再び支持を得て返り咲いたころ、アレハンドロは単身パリに渡ることを決意。
父親は引き戻そうとするが、それを振り切って旅立つ。


あらすじだけ書くと、「若きアレハンドロの悩み」といった普遍的な物語なんですが、そこはそれ、ホドロフスキーですから。

オープニングからして強烈。サンティアゴの労働者街。刺されて腹から腸がはみ出した酔っ払いがうめいている。すかさず群がり金目の物を剥いでいく子供たち。それを素知らぬふりで通り過ぎる、仮面をつけた群衆。

この「仮面をつけた群衆」は、のちに返り咲いたイバニェスを民衆がナチスの旗を振って出迎えた場面にも出てきます。象徴的だと思いましたね。

また主人公が恋する女詩人ステラがビジュアルからして強烈。赤く染めた髪に白塗りの化粧。詩人パラがその詩「毒蛇女」のモデルにしたという毒々しさ。
あとでキャストを見たとき、同じ女優さんがアレハンドロの母親との二役をやっていたのを知ってびっくり。

圧巻はラスト近くのカーニバルのシーン。赤い悪魔の扮装した人々と、骸骨の扮装をした人々の中、ひとり天使の羽を付けた白いアルルカン姿のアレハンドロ。自分とは何者か?と己の存在理由を問いかける重要なシーンでもありますが、まさに極彩色の悪夢って感じです。

やっぱりホドロフスキーはすごいと思わせる所以です。


公式サイト:https://www.uplink.co.jp/endless/

映画『スターリンの葬送狂騒曲』感想

1953年。粛清という恐怖でソ連を支配してきた独裁者・スターリンが急死。
その後継をめぐって側近たちの権力闘争が勃発!


 

 

スターリンが倒れたとの一報を受けていち早く乗り込んできた秘密警察の長ベリヤ。小便まみれで床に倒れているスターリンを放置して、他の側近たちの弱みを握れるような書類を入手。
次々に駆けつけてきた側近たちは、スターリンの娘スヴェトラーナに取り入ろうとする。

スターリンは一瞬目を覚ましたが、後継を指名することなくそのまま息を引き取る。

補佐官だったマレンコフを中心に、共同で意思決定をすることで互いをけん制していく。

ベリヤは面倒くさい葬儀委員長をフルシチョフに押し付ける一方、恩赦やモスクワの警備を軍から自分の秘密警察へ交代させ、またモスクワに入る列車の運行を止める。

先手を打って優位に立とうとするも、それをよく思わないフルシチョフたちは、逃げ腰のマレンコフを巻き添えにして、ベリヤを処刑する。


史実だと数か月のスパンで行われたことらしいんですけど、数日間の出来事として一気にまとめたことで、ジェットコースターのような展開になっています。

「もともと補佐官だから、自分が書記長代理」としゃしゃり出て、さっそく肖像写真を撮らせるマレンコフとか、スターリン邸にいた若いメイドをさっそくお持ち帰りするベリヤとか、勲章ジャラジャラつけてマッチョでホモ臭いジューコフとか、
「優秀な医者は処刑されたから、モスクワにはヤブしかいない」というセリフとか、そういうコメディタッチというか皮肉のきいた作品でしたね。

ソ連史はフルシチョフとかぐらいは知っているけれど、あとは全然わからなかったので、勉強になりました。

公式サイト:https://gaga.ne.jp/stalin/

映画『彼の愛したケーキ職人』感想

新型コロナウイルスの勢いは衰えを知らず、現在とくにNYで猛威をふるっています。

あれが2週間後の日本の姿だと言われますが、正直実感がわかない・・・。

それより布マスク2枚とか訳わかりません。

 

外出自粛しているので、家で、Amazonprimeで映画をみました。

ベルリンが舞台なので、大聖堂やジーゲスゾイレとか見慣れた風景が映し出されてて・・・

あー、ベルリンに行きたい!

 


ベルリンでカフェを営むパティシエのトーマスは、エルサレムから出張で来る客のオーレンといつしか恋仲に。しかし妻子の待つエルサレムに戻ったあと音信不通になる。
オーレンが事故死したと知ったトーマスはエルサレムに行き、オーレンの妻アナトが営むカフェで正体を隠して働き出す。

オーレンの兄のモティは、ドイツ人を雇うとコーシェル(ユダヤ教の食事規定)の認定を取り消されるぞ、といい顔をしなかったが、アナトはトーマスの作ったクッキーのおいしさに魅了され、コーシェルを守りながら、彼のケーキを見せに出し始める。彼のケーキは評判を呼び、カフェは繁盛する。
アナトはトーマスを自宅での食事に招待したり、モティも軟化し、トーマスのためにアパートを世話したりした。

アナトは夫の遺品を調べていくうちに、特定のカフェのレシートが多いことに気づく。ベルリンからやってきた、菓子作りのうまい青年・・・。夫と何か関わりがあるのかと疑念を抱くが、トーマスは否定する。

夫を失った悲しさ、子育てとカフェの仕事に疲れきっていたアナトは、ついにトーマスに身を投げ出す。トーマスはオーレンとの情事を思い出しながら彼の妻を抱く。
そして、オーレンが妻子を捨ててベルリンに移住し恋人と暮らすと言ったこと、アナトに家から追い出された彼がホテルに行く途中で交通事故にあったことを知るのだった。

カフェのコーシェルの認定が取り消された。狼狽するアナトだったが、トーマスの残したメモの字を見てあることを思い出し家に戻る。
オーレンの遺品の中の手書きのメモの字と一致した。そして携帯電話に残された留守電のメッセージの主は・・・トーマスだった。

 

トーマスがアナトに近づいたのは何のためだったのか。

自分の知らないオーレンを知りたい。それからオーレンが彼女のことをどれくらい愛していたのかを知りたかったんじゃないかな。
それと同じ男を愛し、そして失ったもの同士で悲しみを分け合いたかった・・・
トーマスの一方的な想いだけど・・・


アナトは、オーレンのベルリンにいる恋人が男性と知っていたのか?

英語でSomeone(だれか)と言っていたけど、

ヘブライ語も男性名詞・女性名詞があるし、「彼」と「彼女」は違う発音みたいだからわかっていたんだろうな。でもまさか本人が来るとは思っていなかっただろうけど。

あとこの映画で興味深かったのは、コーシェルのことですね。

イスラム教でいうところの「ハラール」といっしょで、ユダヤ教でも食材料や調理方法などにいろいろな規定があるそうです。豚肉はだめだとか、肉と乳製品を一緒に食べてはいけないとか、あと非ユダヤ人が調理したものもダメなようです。

ユダヤ教はいろいろ戒律があるので、調べてみると面白いかもしれない。

 

 

公式ホームページ:https://cakemaker.espace-sarou.com/

映画『裏切りのサーカス』感想

新型コロナウイルスの影響で、外出自粛など日常生活がいろいろ制限を受けている今日この頃ですが、

文句言っててもしょうがないので、手洗いうがいなどできることをするしかないですね。

 

さて。

 

 

 


時は東西冷戦下。英国諜報機関(通称サーカス)の長官であるコントロールは、内部にソ連情報部の二重スパイ「もぐら」がいることを確信。部下のジム・プリドーをハンガリーに送り込んだが、作戦は失敗。責任をとってコントロールと彼の右腕であったジョージ・スマイリーは引退を余儀なくされる。

しかしスマイリーは、レイコン外交事務次官から「もぐら」探しの要請を受け、ピーター・ギラムらとともに調査を始めたが・・・。


原題は『Tinker Tailor Soldier Spy』で、“Tinker Tailor Soldier” の部分はマザー・グースの唄の一つですが、それはコントロールが「もぐら」と疑わしき幹部たちにつけたコードネームなんですね。

Tailor(仕立て屋)とつけられた幹部のビル・ヘイドン役をやったはコリン・ファースなんですが、同じくスパイ映画の『キングスマン』でも、表の顔はテイラーをやっていましたね。なんという偶然。
そして『キングスマン』で同僚の「マーリン」を演じていたのが、この映画でジム・プリドーを演じたマーク・ストロング。ここでも二人は実はつながっていた、というのがおいおいわかってきます。

ハンガリーで死んだはずのジム・プリドーが、エリスという偽名で小学校教師をしていたことが判明。彼を呼び戻したのがヘイドンで、彼こそが「もぐら」だったということがわかる。他の幹部も多かれ少なかれ関与しており、彼らが一掃された誰もいない幹部室で、スマイリーが長官の席に座るラストシーンが感慨深いです。

重厚で抑えた色調の画面、むごたらしい暗殺シーンでも粛々と(バスタブの中で腸が引きずり出されているという場面でも、いっそ宗教画かというほど静謐な雰囲気)映し出され、70年代のレトロなセットも、素晴らしくスタイリッシュ・・・(語彙力なくてごめんなさい)。

筋も、登場人物が多いので最初ややこしいですが、わかれば、「ああ、これがこうつながるのか」という感じです。

配役も、ゲイリー・オールドマン、コリン・ファース等豪華で見ごたえありました。

ド派手なスパイアクションはありませんが、じっくりと雰囲気となぞ解きを楽しみたい方は是非。

映画「ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち」感想

1939年、ナチス・ドイツの魔の手が迫るチェコからユダヤ人の子どもを脱出させた、「キンダートランスポート(子どもの移送)」を決行したニコラス・ウィントン。その中心となった人物は長らく忘れ去られていたが、1988年、当時の記録が発見され再注目された。
この映画は、ウィントンと彼に助けられた子どもたちのインタヴューを中心にした、感動のドキュメンタリーです。


 


1938年、イギリスのビジネスマンのウィントンは、一緒にスイスにスキーに行くはずだった知人に「チェコの難民支援活動が忙しくて行けない」と言われたことから、自身もプラハに飛ぶ。

裕福なイギリス人が来たという噂は瞬く間に広まり、「せめて子どもだけでも逃げして」と、多くのユダヤ人が宿泊しているホテルに詰めかけた。
ウィントンは、あらゆる国に支援要請の手紙をだしたが、受け入れを認めてくれたのは、彼の母国イギリスだけだった。

ウィントンは救援委員会を立ち上げて、新聞広告を出しての里親募集など、受け入れに必要な手配をした。そして1939年、最初の移送が行われた。プラハを出発してドイツを横切り、オランダのフーク・ヴァン・ホラント港から船に乗り北海を渡ってイギリスへ。リヴァプール・ストリート駅で、子供たちは里親と引き合わされた。

戦後ウィントンは、子供たちと連絡をとることはせず、移送に関わったことすら伏せていた。子どもたちも、恩人の名すら知らなかった。

家の屋根裏部屋に忘れ去られたように置いてあった記録や写真に気づいたのは、妻のグレタだった。彼女はそれをあちこちに持ち込み、それに興味を持った歴史学者のE・マクスウェルが名簿に載っていた全員に手紙を送ったところ、約250人から返事があった。そしてついに1988年、BBCにより特集番組が作られ、「キンダートランスポート」について50年ぶりに世に知られるようになったのだ。

番組により再会した子どもたちとの交流はその後も続き、2009年には当時と同じルートをたどる列車の旅も企画された。

映画では、ウィントンの行動に感銘を受けた、現代の学生や児童などのボランティアの取り組みも紹介されている。

 

ゼーバルトの『アウステルリッツ』でキンダートランスポートのことを知りましたが、一人の若い資産家が、まるで成り行きのようにーーと言ったら語弊があるがーー始めた活動だったとは初めて知りました。

フェンシングやスキーを愛する29歳の若者が、現状を目の当たりにし、「困っている人がいるから助けなきゃ」と、ただそれだけの動機で立ち上がった。(映画はいろいろ端折っているのでそう見えているだけかもしれませんが。)

救援委員会といっても彼とその秘書だけ、オフィスは自宅、いつ開戦してもおかしくないという状況下で、700人もの子どもたちをすみやかに国外脱出させ、里親希望の家庭には人をやって調査させて、信用のおける家庭にしか許可しなかったとか、子どもたちのことも考えてあげる徹底ぶり。

志だけでなく、よほど実務能力が高くないと実現できなかったと思います。

しかも戦後は子どもたちと連絡をとることもなく、関わったこともずっと伏せていた。普通なら美談として知れ渡っていてもおかしくないのに・・・。

こういうのが本当の博愛精神というか、「ノブレス・オブリージュ」っていうんでしょうね。

 

 

 

映画「永遠のジャンゴ」感想


 

1943年、ドイツ軍占領下のフランス。ミュージシャンとして絶大な人気を誇るジャンゴは、パリの有名なミュージック・ホールでナチスに抑圧された市民たちを熱狂させていた。その人気に目をつけたナチスは、ジャンゴのドイツでの公演を計画していた。

しかしユダヤ人狩りやロマへの迫害など、街に不穏な空気が流れ始め、身の危険を感じたジャンゴは、愛人ルイーズの手引きで、スイスへの逃亡を決意。年老いた母親や身重の妻とともにレマン湖の畔の町トノン=レ=バンに移り住む。

とはいえスイスへの亡命を手助けしてくれるはずのレジスタンス組織からのGOサインが出ずに、トノンの街で足踏み状態。ジャンゴは、仲間と街のレストランで演奏する傍ら、教会のパイプオルガンで作曲する日々を送っていた。

しかしレストランで騒ぎを起こし、地元に駐留するナチス幹部に見つかる。目をつぶる代わりにパーティで演奏することを言い渡される。しかもそれに乗じてある負傷したイギリス兵を逃がすから目を惹きつけておいてほしいと、レジスタンスから頼まれる。2か月も待たされた挙句のその言草に絶望しながらも、「次は自分たち」と約束させる。

パーティはしめやかに進んだが、ジャンゴらの音楽に陶酔して、次第に乱痴気騒ぎの様相に。怒ったナチス幹部は、ジャンゴらを叩きだし、ジプシーたちのキャンプを焼き討ちにする。

ジャンゴは、母と身重の妻と別れ、山を越える。

場面変わって、1945年。教会でジャンゴが作曲したレクイエムが演奏される___。


ロマ音楽とスウィング・ジャズを融合させたジプシー・スウィングの創始者として知られる、ジャンゴ・ラインハルトの第二次世界大戦中の数年間を描いた作品。

私この時代の音楽好きでね~、演奏シーンは楽しかった。

でも映画としては、面白いかと言われたら微妙な感じ。

まず愛人ルイーズが何者かよくわからなくてスッキリしない。

「モンパルナスの夜の女王」と紹介されたかと思えば、ナチス幹部とお近づきになっているし、レジスタンスともつながっているようだし・・・。昔ジャンゴたちをひどい目にあわせたらしいし・・・。

まだパリにいるときに、ジャンゴは警察に呼び出され、写真を撮られ、顔の長さを計測されます。昔の火事がもとで手に残った障害を、「近親交配による先天性のものだろう」と決めつけるナチスの医者。うわぁ、っていうか、ほんとにこんな滑稽なこと言っていたんですね。

 

最後に流れる「レクイエム」、楽譜の大半が失われていて、残った一部分をもとに再現したものだそうですが、印象に残る楽曲でした。

ジャンゴを題材に映画をつくるのに、なぜ華々しい、その演奏を前面に出した映画にしなくて、この悲惨な時期を取り上げたのだろうと思ったのですが、

そうか、このジャンゴのレクイエムを世に出すため、と考えたら、なんとなく腑に落ちました。

 

 

 

映画『希望の灯り』感想

『ありがとう、トニ・エルドマン』でキャリアウーマンだった彼女が、本作ではしがないパート主婦で登場。

 


 

 

旧東独地域のライプツィヒ郊外にある巨大スーパーマーケットで、在庫管理係として採用された無口な青年クリスティアン。

飲料担当のブルーノに、仕事のことやフォークリフトの操縦を教わりながら少しづつ職場に慣れていく。

スーパーのある場所は、統一前は長距離トラックの配送センターで、ブルーノやほかのスーパーの仲間たちもトラックの運転手だった。
スーパーになった後も彼らはそこに残り、今ではトラックではなくてフォークリフトを乗り回す毎日だった。

ある日クリスティアンは休憩所で、従業員仲間の年上の女性マリオンと言葉を交わす。一目で恋に堕ちるが、彼女には夫がいた。落ち込み、昔の悪い仲間たちと酒をあおって、翌日遅刻してブルーノに注意される。

クリスマスの夜、スーパーでは、倉庫の裏で従業員たちが集まってささやかなパーティをしていた。そこに顔を出すマリオン。二人は寄り添いながら、クリスティアンが以前は建設現場で働いていたことなどを話す。

年開けて、なんだかマリオンがよそよそしい。「俺のせい・・・?」「なんでも自分に関係あると思わないで!」
しばらくして、マリオンの姿がスーパーから消えた。病気で休んでいるらしい。ブルーノから、彼女が夫から大切にされていないこと、手をあげられることもあると聞き、こっそり見舞に行く。
しばらくしてマリオンが復帰する。彼女は、こっそり来た人物が誰かわかっていた。

仕事帰り、クリスティアンはブルーノに自宅に飲みに誘われる。高速沿いの家に一人で住んでいた。通り過ぎるトラックを目の当たりにしながら、「トラックが懐かしい・・・」とブルーノは泣いた。

後日クリスティアンは、ブルーノが首を吊って命を絶ったことを知らされる。

 

折りしも今年は壁崩壊(Der Maurfall)を迎えて30周年ですが、西部と東部では今でも経済格差があり、DDR時代を懐かしむ人は少なくないようです。(東(Ost)と郷愁(Nostalgy)をかけて、「オスタルジーOstalgy」という言い方があるくらいです。)

ブルーノもこのオスタルジーに囚われ、将来を悲観して自殺したのでしょう。

クリスティアンは、普段長袖の服で隠していますが、手首の先までタトゥーをいれています。それを見てブルーノは、クリスティアンが刑務所にいたことを見抜くのですが、私も以前見た『イースタン・プロミス』という映画で、ロシアのどこの刑務所にいたのかがタトゥーの柄でわかる、というエピソードがあったので、最初からそれに気づきましたね(笑)。

ならず者だった彼が、父親のような年の同僚たちに受け入れられ、仕事も覚えてフォークリフトの試験にも合格し、スーパーのバックヤードに居場所を見つけた。好意を寄せる女性もいて、笑い返してくれる。このささやかな「幸せ」を、観客はクリスティアンとともにかみしめる。

ブルーノの自死という悲しい出来事はあったけれど、それでも日々は過ぎていく。スーパーにともる灯りは、生きるための「希望の灯り」なのだ。

 

映画『ありがとう、トニ・エルドマン』感想

 


 



変わり者のヴィンフリートの娘・イネスはコンサルタント会社で働くキャリアウーマン。たまに休暇で家に戻っても、イネスは仕事の電話ばかりで、ろくに話すこともできない。そんな娘を心配したヴィンフリートは、愛犬の死をきっかけに、彼女が働くブカレストへ。イネスは父の突然の訪問に驚くも、何とか数日間を一緒に過ごすが、仕事の邪魔になるのでドイツに帰らせる。

ホッとしたのも束の間、彼女の前に、下手な変装をして<トニ・エルドマン>と名乗る父が現れる。レストラン、職場、パーティー会場──行く先々で現れ、胡散臭い姿とジョークで周囲を振り回す父に、イネスのイライラもつのるばかり・・・。

不器用な親子。

父親の気持ちも娘の気持ちもわかる・・・。

大口のプロジェクトを抱え、しかも交渉が難航しているイネスは、張りつめた糸が今にも切れる寸前という精神状態。そんなイネスに、「幸せの意味は?」「ユーモアを忘れるな」と説くが、それがかえって彼女を苛立たせ、追いつめる。

自立した大人の女性なのに、父の前では「子どもの自分」が反応してしまう。

イネスがなんだかんだ言って、「トニ・エルドマン」を連れまわしたのも、自分の見ていないところでなんかやらかされちゃ困る、というのもあったけれど、そばで見守っていてほしい、というのもあったんじゃないかな。

そのバランスが崩れたのが、彼女の誕生日に「チームの結束を強めるために」と開いたホームパーティ。
なんと彼女は、同僚たちの前で服を脱ぎ捨て、「裸でパーティしましょう」と提案する。
戸惑う同僚たち。彼女自身も涙目。

そこへ毛むくじゃらの着ぐるみを着た者が現れる。同僚によると、「ブルガリアの魔除けになる生き物」だそう。それは、すぐに家を出ていった。一言も発しないが、うすうす父だと察していたイネスは、同僚を家に残して追いかけ、抱きしめる。


とくに大きな事件があるわけでもない3時間近い映画でしたが、あれ、そんな長い映画だった?って感じ。それを気づかせないのは、役者の演技力のおかげでしょうね。

裸で置き去りにされた同僚たちはどうなったの?

あのあと転職したみたいだけど、そのせいで辞めたの?

プロジェクトはどうなったの?

と、そんな疑問も残りますが、いい作品でした。

 

「ブルガリアの魔除け」は、「クケリ」という春の訪れを祝うお祭りに登場するそうで、鳥や獣を模したコスチュームは地域によって違うそうです。

家々を回って厄払いをするというから、日本だと、なまはげに似ていますね。

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